【出典:東京湾沖施設廃止調査委員会「ゼロ号塔」機密ファイルNo.0】回収日 2025/11/12】


(一)初日のメモ 筆跡A――青いボールペン、字は整っている

“配属されて2日目。 tower zeroの構造図と実物が3cmずれていることに気付き始めた。1号室は北西に面している筈だが、外壁の窓から見る海面の方角が明らかに違う。上司の電話には「配置図は最新の測量データに更新されている」と返ってきた。ただし相手の声が、昨日と今日のメモに記録された時間と矛盾する。”


(二)4日目のメモ 筆跡B――黒インクボールペン、字が遅く力む

“窓から見る海の波が、同じリズムで戻ってくる。朝の潮汐データを見ると、実際はそのリズムじゃない。海が嘘をついているのではなく、自分が潮汐を読み違えているのか、塔の計算式に誤差があるのか、判断できない。今日だけで3回、階段を下りてロビーに行き、また戻った。エントランス前の時計は止まっている筈なのに動いていた。”


(三)テープ収録③ 音紋分析結果一部転記(17:22-17:39/6分)

「……3日目か4日目のデータだ。記録係の女性は『塔の中を歩く足音が録音されるのは初めてです』と言ったが、私には1号室で一人で座っていた筈だった。再生していると、テープの端で別 voicesが言っているのが聴こえる。同じ文章だが、声の主が3人いる。”

「『もう帰れた筈がないことを思い出してから、記録を止めてください』」


(四)最終残されたメモ 筆跡C――黄色い付箋に赤マジック、字が大きく崩れている

“階段の壁面に graffiti が追加されている。消しても追加される。全部同じ文:「当番は終了していない」

今日は塔の外に出ようとした。ゲートの向こうに車が待っていた筈だが、海が目の前だった。帰って来ると自分の机の上になにもない筈だった書類が並んでいる。手書きのメモが3枚もある。筆跡が違うのに全部同じ内容が書かれている。

自分自身の手で書いた筈のないメモが3人分。同じ内容が別々の日に、別々のインクで。

もう読まない方がいいよ、と最後の一文字だけ違う文章がある。それは私の字だ。でも私は書いていない筈だ——。”


海に沈んだ監視塔のシルエット(暗い紺背景に細い黄色線のみ)。画面右上隅がわずかに欠けている

(調査委員会補足)

本ファイルは2025年秋、廃止予定の東京湾沖監視設備の内部から回収された唯一の人間由来資料である。看守(当時34歳男性)は配属後6日目の時点で「体調不良」を理由に離塔し、以降行方不明となった。

現場からは4通の手紙が封筒に入ったまま発見されているが、いずれも宛先欄が空欄であり、切手も貼られていない。最後の1通のみ、封筒の裏面に「届いていない」と鉛筆で小さく記されていた。