インターホン

私の住んでいる集合住宅は、築三十年の古いアパートだ。廊下には薄黄色い蛍光灯が一つだけあり、常にチカチカと鳴っている。大家さんも放ったらかしで、大家さんに言っても「そのうち直すから」と返事が来るだけで、三年が経った。

その夜は、残業で夜中の二時過ぎに帰宅した。地下鉄の最終電車も過ぎた時間だ。エレベーターはもう止まっているので、階段を上がって自分の部屋の三階の廊下に出た。

薄黄色い蛍光灯がチカチカと鳴っている。

いつものことなので気にせず、鍵を開けようとしたその時だった。

ピッ——ピッ——ピッ——

廊下のインターホンが鳴った。

夜の三時。インターホンが鳴ることは、ほとんどない。配達もない。訪ねてくる友人もいない。私はインターホンの画面を見た。

緑色の液晶に、部屋番号が表示されていた。

999

999番室なんて、このアパートには存在しない。一階から三階まで、部屋番号は順に並んでいる。101、102、201、202、301、302。それが私の部屋だ。

999番室なんて、この建物を設計した人間が、計算を間違えたとしても存在しない数字だ。

「誰かのカテ間違いだろう」と思い、インターホンを切ろうとした。

その時だった。

ピッ——ピッ——ピッ——

また鳴った。同じ部屋番号、999番。

そして液晶画面が、一瞬だけ点滅した。999の数字が、一瞬だけ402に変わった。

402番。四階の二室目。

四階にはロフトがあって、住んでいる人はいない。大家さんが鍵をかけている。誰もいないはずの部屋から、インターホンが鳴っている。

私はインターホンを無視して、自分の鍵を開けて部屋に入った。鍵を閉めて、チェーンをかけ、ドアノブにもロックをかけた。

そして、またインターホンが鳴った。

今度も999番。

でも、今回は違う。画面に、小さな文字が追加されていた。

「開けて」

私は凍りついた。インターホンの向こうから、声が聞こえてきた。

低い、唸るような声。しかし、はっきりと言葉になっている。

「開けて……」

二度目も三度も同じことを繰り返した。

私はインターホンのコードを抜いた。インターホンが完全に止まった時、廊下から、足音がした。

重く、ゆっくりとした足音。階段を上がってくる音だ。一階から、二階から、三階へ。

そして、私のドアの前に止まった。

ドアノブが、ゆっくりと回った。

チェーンがかかっているから大丈夫だ。そう思いながら、私はドアのインターホン画面を見た。

画面には、999の数字が表示されていた。

そして、その数字の下に、小さな文字が追加されていた。

「見つかった」

その夜、私は警察を呼んだ。廊下には誰もいなかった。インターホンの配線を確認した警察官が、言った。

「このインターホンの配線、三階の階段の真下で切断されてる。外から鳴らすことなんてできないよ」

インターホンの配線が切断されている。

なのに、インターホンが鳴った。

そして、足音がした。

その日以来、私はそのアパートには住んでいない。引っ越す時に大家さんに言ったら、大家さんは顔色を変えて言った。

「前の住人も、同じことを言ってたよ」

前の住人も、同じことを言ってた。

そのアパートの四階には、三十年前にも住人がいた。その人は、ある夜インターホンが鳴って、ドアを開けた後、行方不明になった。

警察は捜索したが見つからなかった。事件として成立しなかったのは、現場に足跡も、痕跡も、何もないからだった。

大家さんは、四階をロフトにして、それ以来誰も入れなくした。

私はその夜、インターホンが鳴るたびに、999番の部屋番号を思い出す。

あなたのアパートにも、存在しない部屋番号が表示されたら、どうするだろうか。


この記事は、友人の知人の体験談を元にしています。名前や住所は変更しています。