毎日同じ時間に起きるのが苦じゃなくなったのが半年前のこと。 ラジオから流れる三原じゅん子の「おはようございます」に、床の板の間で手を上げたり下ろしたり。 近所の人とも顔を見かけるようになった。「早いですね」「いやおかげさまで」といった具合で、ごく普通の朝の挨拶が定着した。

参加者は毎週少しずつ減っている。去年は23人くらいいたのが今年は17人。 マンションの共有ベランダなので、天気さえ良ければ誰かしらは揃う。 「もうちょっと気温が上がるといいですね」なんて言いながら、体操の曲が始まる前にお互い軽く会釈を交わすまでになっている。

今日が特別な日だと分かったのは、ラジオから流れたアナウンスでだった。

「本日6月15日のラジオ体操は、開始以来60年目の節目となります。お一人おひとりのご参加よろしくお願いいたします。」

へぇ、と軽く頷いた。60年か。戦後の栄養改善運動が始まったときから続いてるんだななんて思い浮かべる。 そして曲がかかる。最初の動作、手を上げる。二番手の屈伸。三番手の腕を回す。

そこで違和感が生まれた。

17人の参加者で、手と手が重なるたびに微妙にタイミングがずれるのが聞こえる。 でも私には、どこか一カ所で完璧に同期している手があった。その一拍分だけ音が硬く、少し速い。 「あ、ちょっとずれてる人多くない?」と妻にLINEすると、「また変なとこ見てない?ちゃんと揃えれば」と返信が来た。

見事に同期していたのは、ずっと真ん前にいた70代の男性だったはず。だが彼は昨日まで18人参加者の一人だった。 今朝は欠席すると言いに来なかった。「体調不良です」の一発メッセージだけ残った。

ベランダの壁に映る影を数えてしまった。 16人の影ではなく、17人。ただし手と手を上げ下げしているのは16人分しか動いていない。 最後の一人が明らかに同期していない。まるで違う場所から、別のリズムで動いているような錯覚だった。

ラジオ体操が終わって解散のあと、妻に「さっき何人でやった?今度減ったっけ?」と聞く。「8人だよ。お前だけじゃないんだけどさ」

「え?」

「朝はいつも6人か7人でやってるよ。お母さんももう来なくなったんでしょ?」

私はベランダに出た。 そこにいたのは私だけで、隣には妻は立っていなかった。

ラジオからは三原じゅん子の声がまだ流れている。「次の季節の体操もお楽しみください」

朝の日が完全に昇った。 影を確認したら今度は15人分しかなかった。

それから一週間、毎日同じように起きたが参加者はいなくなった。私は一人、静かに手を上げ下げした。16番手の屈伸で、必ず自分より一歩速く手がある気がして、それ以来、ずっと揃っていない。

そして今朝のニュース速報で、NHKラジオ第一の過去の放送分をアーカイブから掘り起こして配信する計画だと知った。 録音テープの中から、朝のラジオ体操開始当初の音声も含まれているらしいと。

私には今日も16番手のタイミングで、誰かが手を動かすのが聞こえた。