実話です。僕の知人の話だ。

彼は東京都新宿のオフィスビル、十二階の広告代理店で働いていた。二十代半ば、入社二年目。残業は日常的で、最終でオフィスを出るのは夜十一時を回すことも珍しくなかった。

ビルの一階ロビーには、大手銀行の二十四時間ATMがある。彼はよく、残業後に地下の自用駐車場へ行く前に、そこで現金を引き出していた。

「とにかく、夜中のロビーは静かなんだよね」

彼がそう振り返る。

「蛍光灯の音がするだけ。ATMのファンがブーンって。でもそれが、逆に不気味だった」

問題は、ある火曜日の夜から始まった。

彼はATMで一万円を引き出した。レシートを確認しようとした時、ふと気づいた。

レシートに表示された金額が、一万円ではなく十万円になっていた。

「あれ?」

彼は画面を見直した。引き出し金額は一万円のまま。でもレシートには十万円。ATMの口から出てきた札束も、十枚入りの束が十個。十万円だった。

「間違いじゃないか」

彼はATMの画面から「取引履歴」を確認した。残高が十万円減っている。

「でも、一万円しか引き出してないよ」

彼はATMの案内に従って「取引の取消」を選んだ。画面にこう出た。

「对不起、この取引は取消できません。窓口までお越しください。」

次の日、彼は銀行の窓口に行った。担当の男性はコンピュータを確認し、首を傾げた。

「えっと、こちらには十万円の引き出し記録が出ています。カードも使われています」

「でも、私は一万円しか引き出していません」

「では、カードの再発行手続きを……」

彼はカードの再発行をして、その日は帰った。

しかし、その後も続いた。

水曜日。彼はそのATMを使った。今度は五千円。レシートは五千円。残高も五千円減。大丈夫だ、と思った。

しかし金曜日の夜、彼がATMの前に立った時、画面にこう表示されていた。

「お引き出しありがとうございます」

彼は何も操作していない。カードも入れていない。なのに、レシートがゆっくりと出てきた。

レシートには「十万円」と書いてあった。

彼は飛び上がった。ATMのカード挿入口を確認した。カードは入っていない。なのに、取引が成立している。

「おかしい、おかしい」

彼はATMのメンテナンス電話番号を確認した。ダイヤルした。

「二十四時間対応のオペレーターです。何でしょうか」

「このATM、おかしいんです。カードも入れてないのに、引き出しのレシートが出てきます」

「では、カードの不正利用の可能性がございます。カードを停止いたしますので、窓口へ……」

彼は電話を切った。その時、ATMの画面が点滅した。

画面が真っ暗になり、それから白字でこう表示された。

「次回もお使いください」

彼は逃げ出した。

それから一週間、彼は新しいカードが届くまで、そのATMを使わなかった。

新しいカードが届いた日、彼は再びそのATMに行った。画面は正常だった。カードを挿入し、五千円を引き出した。レシートも五千円。残高も五千円減。

「大丈夫だ」

彼はほっとした。

その時、ふと気づいた。ATMのレシート出口に、一枚の紙が挟まっていた。レシートではない。普通のA4サイズの用紙だった。

彼は引き抜いた。

それは写真だった。ATMのカメラの映像で、彼がATMの前に立っている姿。背景にはビルのロビーのガラス扉が写っている。

そして、ガラス扉の反射に、彼の背後に立つ人物の姿が写っていた。

長い黒髪。白い服。顔は暗くてよく見えない。

彼は振り返った。背後には誰もいない。

写真の隅に、小さく印字されていた文字。

「2026/08/16 03:17:00」

今夜の時刻だった。

彼はその日、そのATMを二度と使わなかった。

そして、その夜、彼は寝ている間に何度も目覚めた。

三時十七分。

いつも。