実録: 23階のベランダに毎日、生花が置かれるようになった
2026年11月10日
一ヶ月ほど前、彼女と二人で住み始めた高層マンションの部屋で、奇妙な出来事が始まった。
僕は23階の角部屋に住んでいる。ベランダは南向きで、朝日が入るのが一番の魅力だった。でもその魅力が、いつの間にか恐怖の源になるなんて、想像だにしていなかった。
最初は花束が一つ、ベランダの隅に置かれているのを見つけた時、ちょっと嬉しかった。
「えっ、誰かがくれたの?」
彼女と二人で笑って、花瓶に生け直した。白いカーネーションとガーベラのマッシュルーム。綺麗だったので、写真まで撮ってSNSに上げた。
「誰かからのお返しとかある?」
彼女は首をひねっていた。
でも二日目にも、花が置かれていた。今度はチューリップの花束。三本だけ。
「また Somebody ?」
僕は建物の管理会社にも連絡した。
「ベランダに花が……」
担当の女性は、しばらく黙ってからこう言った。
「うーん、23階のベランダにアクセスできるのは、外壁清掃の業者さんくらいですけど……」
外壁清掃は四ヶ月に一度。次の清掃日まで、まだ三ヶ月以上あった。
四日目には、白い薔薇が五輪。
五日目には、紫のラベンダー。
六日目には、赤いバラが一本だけ。
毎日、違う花が、違う数で、違う種類で置かれるようになった。
僕はベランダに防犯カメラを設置した。
その夜、寝る前にスマホのアプリでライブ配信を見て、ベランダの様子を監視しながら眠った。
翌朝、花が置いてあるかどうかを確認するために、まずスマホのアプリを開いた。
ライブ配信の画面には、ベランダが写っていた。
花は置かれていなかった。
「……昨夜はなかったのか」
ほっとして、僕は支度を始めた。
でも、おかしい。
昨日の夜、スマホで見たライブ配信の画面には、ベランダに花が置かれていなかった。
でも今朝、ベランダに行ってみると、確かに花が置いてあった。
白い百合。八輪。
「……?」
僕はスマホのアプリを開いた。昨日の録画データを再生した。
画面には、夜中の2時17分、ベランダの床に水滴が落ちる音だけが聞こえていた。
そして、2時18分。
画面の隅に、人影が写っていた。
ベランダのドアの向こうに、黒い影が立っていた。
僕は画面を拡大した。
影は、ベランダのドアに向かって、何かを床に置いている。
そして、ゆっくりと、ドアの方を向いた。
顔は写っていなかった。
でも、その影が、何秒間か、ベランダの方向に、じっと見つめていたのがわかった。
そして、消えた。
僕は彼女に電話をした。
「……誰かいるんだ」
彼女は静かに言った。
「昨日も言われたけど、23階のベランダにアクセスできるのは、外からだけ」
「外から?」
「ベランダの外側には、手すりしかない。登れないよ」
でも、その夜も、花は置かれた。
僕は防犯カメラの録画を繰り返した。
毎日、夜中の2時頃。
黒い影が現れて、花を置いていく。
でも、影が何から現れて、何で消えるのか、僕は最後まで見ることができなかった。
ある夜、僕は寝ふざけて、ベランダのドアを開けていた。
夜中、2時17分。
ベランダのドアが、ゆっくりと、開いた。
向こうには、何もいなかった。
でも、床に、花が置かれていた。
真白な百合。
その百合が、僕の方を向いていた。