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実話です。僕が一人暮らしを始めたばかりの頃の話。

物件は駅からもほど近い、築15年くらいの4階建アパート。僕は2階の角部屋に住んでいた。部屋自体は広くて気に入っていたし、バルコニーにも木が近かったので、自然を感じられて良かった。

問題は、その木だった。

2階のバルコニーに面して、大きな欅の木が生えていた。夏は日陰になって快適だった。バルコニーは手すりが低く、洗濯物を干すにはちょうどいい高さだった。

ある週、雨が三日間続く。洗濯物が乾かない。仕方なく夜中に洗濯物を干して、寝た。

朝起きたら、洗濯物がなくなっていた。

「あ、干しっぱなしだったっけ?」と半ばforgetfulに思いながら、もう一枚干そうとバルコニーに出た。

なかった。

手すりには洗濯バサミが一つ、ぶら下がっているだけ。水滴がポタポタと音を立てて落ちている。

「また忘れたのか」そう思い、もう一度洗濯物を干して、出勤した。

次の朝も同じだった。

今度はおかしいと思い、自分の洗濯物だとわかるように、赤い洗濯バサミで印をつけた。

翌朝、赤いバサミは地面に落ちていた。干してあった靴下は、どこにもない。

「……誰かが持った?」

でも、4階建の2階。誰も上ってくるはずがない。

その夜、僕は洗濯物を干したまま、カーテンの隙間からバルコニーを覗き見た。

暗闇の中で、欅の木の枝が揺れていた。風もないのに。

そして、枝の先に、何かが乗っているのが見えた。

シルエットだった。人間よりも小さく、でも人間よりも細長い。手足が不自然に長く、体が前かがみになっている。

その何かが、手すりに手をかけた。

爪が金属に当たり、キィ——という音がした。

僕は息を止めた。

その何かが、バルコニーに乗り出した。

洗濯物に近づき、指先で一本一本、洗濯物を外していく。バサミを外す音だけが、静かな部屋に響く。

そして、外した洗濯物を、自分の胸に抱えるように抱きかかえ、また木の方へと戻っていく。

消えた。

次の日、僕は引っ越した。

大家さんに話したら、大家さんは顔色を変えて言った。

「……あの木、前に人が登ってるのを見たことあるんですよ。でも、誰も近寄らないそうです」

その言葉の意味は、今でもよくわからない。

ただ一つわかることがある。

今でも、僕がどこかへ出かけるとき、洗濯物を干しているとき、ふとバルコニーを見ると、欅の木が揺れていることがある。

風がないのに。