夜中の2時、納屋から聞こえる足音

実話。2023年の冬の話。

僕の実家は岐阜県の山奥にある。祖父母が建てた平屋の家だ。裏手に小さな納屋があって、子供の頃から「あそこは入れない」と言われて育った。

納屋の鍵はいつも錆びついていて、祖母が鍵箱に隠している。開けるのは年に数回、農具や道具を出す時だけだった。

父が亡くなったのは3年前の秋のこと。心臓発作で、朝、納屋の近くで倒れていた。見つかった時、納屋のドアは少し開いていた。

父が亡くなった後、実家に戻ることが増えた。ある夜、2時頃のことだ。

納屋から、足音が聞こえた。

カチ、カチ、カチ。

木造の納屋には、古い床板が敷いてある。子供の頃、よくその床板が鳴る音で遊んだ。あの音は忘れない。

「お父さん?」

祖母がぼそっと言った。痴呆症が進んでいて、父が亡くなったことを覚えていない時もある。

「お父さんはもういないよ」

「でも、足音がする」

確かに、足音がする。ゆっくりと、納屋の中を歩いている。

「お父さんが納屋にいる」

祖母が言った。

「お父さんが納屋に入れたはずがない。鍵は祖母が持っている」

「お父さんは、鍵を開けられるんだ」

祖母が言った。

その時、足音が止んだ。

そして、納屋のドアが、ゆっくりと開く音がした。

ガチャン。

僕らはその場で動けなかった。

次の日、納屋のドアを開けた。鍵は錆びたままだった。開けられていない。

しかし、納屋の床板に、泥の足跡があった。

大人のもの。

僕らは納屋を調べた。道具は全部ある。父の遺品も、昔のままの場所に置かれていた。

しかし、父の靴がない。

父が亡くなった時、納屋の近くで倒れていた。その時、父は靴を履いていた。

靴は、納屋の中にはない。

「お父さんが、靴を履いて納屋に入った」

祖母が言った。

「お父さんが、また納屋に入るんだ」

僕はその夜、実家に泊まらなかった。

次の日、祖母に「昨夜、足音がしたよね」と聞くと、祖母は微笑んだ。

「お父さんは、毎日納屋に来るんだ」

「毎日?」

「毎日、決まった時間に」

「何時に?」

「夜中の2時」

その時、僕は思った。

父が亡くなった時、納屋のドアは少し開いていた。

それは、父が開けたのか、それとも誰かが開けたのか。

靴は、どこに行ったのか。

そして、なぜ納屋から足音が聞こえるのか。

僕は実家を後にした。

その後、実家に戻った時、祖母は言った。

「お父さんが、また納屋に来たよ」

「昨夜も、2時だった」

「毎日、2時に来る」

「お父さんは、納屋の中で何をしているんだろう」

僕は納屋のドアを開けなかった。

鍵も開けなかった。

ただ、毎夜、2時が来るのが怖かった。

カチ、カチ、カチ。

木造の納屋の床板が、鳴る音。

僕は、その音を、今でも覚えている。