横断面MRIスキャン。脳の輪切りの内部に、本来脳組織であるはずの領域が白黒反転した同心円が存在し、外側だけが実在のように見える

以下は「第三臨床研究班」より回収された未公開ファイルの整理記録である。原本保管者は2024年3月までに離職しており、連絡不能。 ファイル分類名: 「B型不整合症例」— 保存媒体に物理的損傷なし。データ漏洩も確認されていない。不明なまま。


<調査開始日: 2月17日 / 記録係: I.E.

症例093の経歴を遡る必要がある。彼女は四年前、頭痛を主訴として当院を受診した。初回のCT画像は正常範囲内。ただし脳脊髄液の拍出量に統計的に有意な減耗が認められ、精査のためfMRI(機能的磁気共鳴断層撮影)を行うよう指示する。

fMRIの結果、彼女は安静時でさえ前頭葉と側頭葉で「通常の活動パターンとは逆転した血流分布」を示していた。専門医による見解はこうである。

「彼女の脳が、思考の過程を外部に向けているのではなく、外部から内側に吸い込んでいる。」


<3月02日 / コントロール: 被験者N氏(健常成人男性)のfMRIデータと並行比較。

N氏の右前頭葉は「意図的課題遂行時」に活性化し、休息時に沈静化する。典型的なパターンだ。 被験者Bの同じ領域は逆であった。課題遂行時には活動が抑制される。しかし「何もしない」状態で、前頭葉の深部から明らかな血流増加が観測された。

その際患者Bが発した言葉の一部をメモした(録音機未使用)。

「ねえ、見てるでしょ」 「もう一つだけ開けてください」


<3月15日 / 最終追試。

追加検査として、被験者本人に意識状態の自我報告を求める。結果は次の通り。

Q: 今何を考えていますか? A: 誰かが私を覗き込んでいる感じがする。昨日からは窓がない壁に人が仕込みだしたんだ。 Q: どこでその感触がありますか? A: 首の後ろ。常に。まるで何かのレンズが後頭部に貼り付いてるみたい。

追加問診時、患者Bは以下の行為を繰り返していた。 ・自分の頭頂部を両手で覆い押さえる ・視線だけを下に向けたまま、周囲を見渡している(注: 視野角に含まれていない部分を「確認」しようとしている)


<4月01日 / アーカイブメモ。

以上で症例093の臨床記録は終了する。患者本人による署名なし。退院同意書に印字された情報と、記録係の判断を併記し、ファイル封鎖。

ただし、封鎖前に「録音ファイルのみ」が削除されていたことは報告しなければならない。 記録に残っていないデータが存在するという事実は、この症例の性質を前提から揺るがすものだと考えられる。

なお、「レンズが後頭部に貼り付いた」という症状は、2025年秋にも三件目の同様の主訴が報告されており、いずれも臨床的に解明されず終了している。


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