階段

知人が話していたことがある。一人暮らしを始めて二ヶ月目の話だ。

知人は大阪・北区の中古マンションに引っ越した。築二十年の木造二階建て。一階が空き部屋で、大家さんがリフォーム中だという。二階に住む知人からすると、階下はただの「空間」だった。

最初の三週間は特に問題なかった。大家さんから言われたことがある。

「階下はリフォーム中なので、一階のドアは鍵がかかってます。近づかないでくださいね」

知人は「まあ、仕方ない」と思った。中古物件ならリフォーム中の部屋があってもおかしくない。

しかし、四週目のことだ。

知人は夜中、寝室で本を読んでいました。二十三時頃だったと思います。

その時、知人は階下から音を聞いた。

「ドタッ」

重い音がした。知人は一瞬、誰かが階下に入ったのかと思った。でも、階下のドアは鍵がかかっている。大家さんも言った。

「ドタッ、ドタッ」

また音がした。足音だ。階段を降りる音。知人は本を閉じて、耳を澄ませた。

「ドタッ」

階段を上がる音。知人は冷や汗をかいた。階下には誰も入れないはずだ。

次の日、知人は大家さんに言った。

「階下から足音が聞こえました」

大家さんは、少し間をおいて、こう言った。

「階下は鍵がかかってますよ。誰も入っていません」

「でも、確かに足音が——」

「たぶん、配管音かもしれません。古い建物ですから」

知人は納得がいかなかった。でも、大家さんがそう言う以上、仕方ないと思った。

しかし、その夜、また足音が聞こえた。

今回は、もっとはっきりと聞こえた。

「ドタッ、ドタッ、ドタッ」

階段を昇ってくる音。知人は布団をかぶって、耳を塞いだ。でも、音は消えない。

「ドタッ」

一階の床に、何かが落ちた音。

知人はその夜、眠れなかった。

次の日、知人は大家さんに再び相談した。

「昨夜も、足音が聞こえました。もっとはっきりと、階段を昇ってくる音が——」

大家さんは、少し黙ってから、言った。

「一階のドア、開けてみますか」

知人は驚いた。大家さんは、鍵を持って、一階のドアを開けた。

「見てごらん。誰もいないでしょう」

知人は大家さんと一緒に、一階のドアを開けた。

部屋の中は、埃だらけだった。家具は一切ない。壁には養生テープが貼ってある。床には、リフォームの設計図が一枚、落ちていた。

「ね、誰もいないでしょう」

大家さんはそう言って、ドアを閉めた。

知人は安心して帰宅した。でも、その夜、また足音が聞こえた。

今度は、階段を昇る音ではなかった。

「ドタッ、ドタッ」

一階の床を、ゆっくりと歩く音。知人は寝室のドアを閉めた。でも、音は壁を抜けて聞こえる。

「ドタッ」

知人の寝室の真下だった。

知人はその夜、警察に電話した。でも、警察は「足音だけでは対応できない」と言って、来てくれなかった。

次の日、知人は一階のドアを開けた。大家さんの前で。

「また、足音が——」

大家さんは、黙って一階のドアを開けた。

部屋の中は、埃だらけだった。でも、知人は気づいた。

床に、足跡がついている。

埃に、人の足跡が、一列、ついていた。階段の近くから、部屋の奥まで。

「これ、誰の——」

大家さんは、顔色を変えて、言った。

「この足跡、昨日までなかった」

知人と大家さんは、その場を後にした。

知人は、その夜、一階のドアを閉めて、部屋を出た。大家さんも一緒に。

一階のドアを閉めた時、知人は聞いた。

一階のドアの向こうから、ゆっくりと、足音が聞こえた。

「ドタッ」

知人は逃げ出した。その夜から、一階のドアには二度と近づかなかった。

一週間後、知人は引っ越した。

大家さんは、最後にこう言った。

「一階のドアの鍵、実は壊れてたんですよ。誰も入れないわけじゃない」

知人は、その言葉を思い出しながら、新しい部屋で眠った。

でも、新しい部屋でも、知人は階下からの足音が聞こえたような気がした。

気のせいだと思った。でも、夜になると、必ず、階下から音が聞こえた。

「ドタッ」

知人は、新しい部屋でも、布団をかぶって眠った。