実録。知人の話です。

彼は東京都心のアパート、地下2階に駐車場があるタイプのマンションに住んでいる。築15年ほどで、エレベーターも新しくなった比較的新しい物件だった。

その晩、彼は23時頃に帰宅し、シャワーを浴びてベッドに入っていた。2時を回った頃、ふと何かに起こされたように目を覚ます。静かなマンションの中で、楼下から何か音がしている。

車アラームだ。

ピッ、ピッ、ピッ——。彼の駐車しているクルマの防盗アラームが鳴っている。

「またかよ」彼はぼやきながら布団から抜け出した。昨晩も鳴ったし、先週も一度あった。駐車場のセンサーが敏感すぎるのか、ネズミでも sensed したのかもしれなかった。

エレベーターでB2へ降りる。静まり返った駐車場に、自分の足音が響く。コンクリートの柱が等間隔に立ち、白線の引かれた駐車枠だけが白く光っている。蛍光灯の明かりがゆらゆらと点滅している。

彼のクルマがある駐車枠へ向かう。

——いない。

周りに誰もいない。アラームは止まっている。クルマのライトが一時点滅し、ドアロックがカチカチと音を立てた。センサーが誤作動したのか。

彼がクルマの横を通り過ぎようとした瞬間、ふと気づく。

駐車場の壁に掛けられた凸面鏡がある。駐車車両の衝突防止のため、至る所に設置されているあの丸い鏡だ。

その鏡に映った、自分の背後に、もう一人の影が立っているのが見えた。

彼は振り返った。

誰もいない。

「……はあ」彼は笑って肩をすくめた。疲れているのか、神経質になりすぎている。そう思いながらクルマのドライバー側ドアに手を掛けた。

その時だった。

クルマのサイドミラーに、自分の顔が映っているのが見えた。

いや、違う。

ミラーに映っていたのは、彼が今立っている位置よりも、もう一歩、駐車枠の奥侧にいた時の自分だった。

そしてその横で、誰かがゆっくりと手を上げ、クルマのドアハンドルに近づこうとしているのが映っていた。

彼は振り返った。

また誰もいない。

しかし駐車場の蛍光灯が、一度、完全に消えた。

暗闇の中で、彼のすぐ横で、クルマのドアが開く音がした。

カチッ、ゴォ——。

次の瞬間、蛍光灯が点いた。

クルマのドライバー側のドアが開いており、中からは何もなかった。彼は走り上がった。エレベーターホールまで走った。振り返らない。

その夜、彼はクルマには乗らなかった。翌朝、駐車場に駆け戻ると、クルマは何事もなかったように駐車されていた。

しかし、ドライバー側のドアの外の側面を触ると、冷たかった。

冬のように。

その後も数回、同じような出来事が起きた。ある夜は、エレベーターでB2のボタンを押そうとした時、ボタンが押せない。表示画面に「B3」とだけ表示され、ドアが開くと、B2には彼しかいないはずなのに、床に二人分の足跡が湿ったまま残っていた。

彼は三ヶ月後に引っ越した。

理由を聞くと、彼はこう言った。

「地下の駐車場って、埃っぽいとか、暗いとかじゃなくて……空間そのものが、誰かに『占有』されている感じがするんだよ。自分がそこにいることを受け入れてくれない、って言うか」