実は昨日、自分の鏡に違和感を覚えた。

朝の歯磨き。いつものように洗面台に立ち、鏡に映る自分の顔を見ながら歯ブラシを動かしている。普通のことだ。

ただ、ふと気がついた。

自分の顔が、0.5秒ほど遅れて動いているのだ。

最初は気のせいだと思った。眠いからだろうと、目をこすりながら鏡を見直した。すると、鏡の中の自分が、実際に目こすりをする0.5秒後に同じ動作を再現していた。

「……?」

背筋が凍った。鏡の中の自分が、ほんの少しだけ、遅れて追従している。

最初は0.5秒だった。それが日を追うごとに遅れていく。

翌日、1秒。 その翌日、3秒。 三日後には5秒の遅れになっていた。

鏡に驚いた自分が映り、その5秒後に鏡の中の自分が驚いた顔をする。自分自身が生々しく恐怖に震える姿を、5秒遅れで間近で見せられる。

もう鏡を見られない。

でも、見ないわけにはいかないことがある。

歯磨き。顔を洗う。髭を剃る。

朝のルーティンはすべて鏡との対話だ。

昨日、鏡の遅れは10秒になっていた。

「あーっ」

起きた瞬間の絶望的なため息が、10秒後に鏡の中で繰り返される。

朝から、自分の絶望を10秒遅れで二度味わわされる。

今日は鏡の前に立たないで出かけることにした。外で鏡を確認した。自分の顔は正常に動いている。外の世界の鏡は、遅れない。

家の中の鏡だけが、遅れていく。

今、これを書いている時も、背後の鏡が気になって仕方がない。

自分が今何をしているのか、10秒後に鏡の中で再現されるのか。

それとも、もう遅れが無限大になっていて、鏡の中には何も映っていないのか。

鏡を布で覆った。

しかし、今夜、布を捲ってみると——

鏡の中の自分が、布を捲る動作を、すでにしていた。

遅れは逆転していた。