実話。僕の知人の話だ。

彼は東京都心のアパート、築三十年の鉄筋二階建ての三階に住んでいた。築三十年といっても外観はそれほど古びておらず、むしろ周囲に高層マンションが建ち並ぶ中で、ひときわ味のある佇まいを保っていた。ベランダから見える景色は悪くなかった。

問題は駐輪場にあった。

アパートの裏手にコンクリートブロックで囲まれた駐輪場がある。広さは十台ほど。屋根は付いているが、三面が開放されていて、風が通る。鍵は一つずつのワイヤーロックで、管理人室に予備キーがあるタイプだった。

彼が引っ越して一週間目のある夜のことだった。

深夜二時過ぎ、彼はトイレに起きた。寝室からトイレまで廊下を渡ると、ふと外から何か音がした。

「チッ」

チャイムだ。自転車のチャイム。

彼は窓の外を見た。駐輪場は月明かりでうっすらと照らされている。誰もいない。風もない。

「風でチャイムが鳴ったのかな」

そう思い、彼はまた寝付こうとした。

三十分後、また鳴った。

「チッ、チッ」

今度は二回。間隔も一定で、まるで誰かが押したように。

彼は窓まで行って見た。駐輪場には彼の自転車――黒いママチャリ――が一台、隅に停まっているだけだ。他には前の入居者が置き去りにしたであろう、錆びた子供用自転車があった。

何も動いていない。

しかしチャイムは止まない。

「チッ……チッ……チッ……」

一定のリズムで、間隔をあけながら鳴り続ける。まるでどこかに知らせを送っているように。

彼はカーテンを閉めた。神経質になるのは嫌だった。でも、チャイムは三十分以上鳴り続けた。

次の日、彼は駐輪場を確認した。彼の自転車のチャイムは正常に鳴った。錆びた子供用の自転車にも、小さなチャイムが付いていたが、押しても音は出ない。

「昨夜のは何だったんだろう」

彼は友人にLINEで送った。友人は「風でチャイレが鳴ったんでしょ」と返してきた。

その夜もチャイムは鳴った。今度は午後十一時。彼は起きていたから、窓からはっきりと見た。

駐輪場に誰もいない。でもチャイムは鳴っている。

「チッ……チッ……チッ……」

そして、ふと止んだ。

その直後、彼の駐輪場の隅、彼の自転車の前輪が、ゆっくりと、五センチほど動いた。

ワイヤーロックは掛かったままだった。

彼は翌日、駐輪場の鍵を確認した。管理人室の予備キーは二本しかない。一つは彼が持っている。もう一つは管理人が常に携帯している。

「鍵が開いたわけがない」

彼は警察にも届けなかった。警察に行っても「風でしょう」と言われるだけだと思ったから。

しかし、その日から一ヶ月間、チャイムは毎日決まった時間に鳴った。午後十一時、深夜二時、朝四時。

三回とも、チャイムが止んだ直後に、前輪が五センチ動いた。

彼は駐輪場の自転車を室内に持ち込んだ。自分の自転車だけ。残りのスペースには、前の入居者の錆びた子供用自転車が、そのまま置かれたままだった。

ある夜、深夜二時。チャイムは鳴らなかった。

彼はほっとした。

でも、朝起きたら、駐輪場の錆びた子供用自転車のチャイムが、押された後だった。ワイヤーロックは、外されていた。

彼の自転車は、室内にあった。

子供用自転車の前輪は、彼が寝ている寝室の方向を向いていた。

彼はそのアパートを引っ越した。

引っ越し業者が駐輪場で「この錆びた自転車、捨てていいですか」と聞いてきた。彼は即座に「捨ててください」と答えた。

業者が子供用自転車を車に積んでいるとき、チャイムが一度だけ鳴った。

「チッ」

一声だけ。

業者は「風ですねえ」と笑った。

彼はその後、そのアパートの駐輪場で、誰かがその子供用自転車に乗っているのを見たという話はない。でも、時々、深夜にチャイムが鳴る音がする。

自分の車は锁めているのに。