名簿の空白
2026年07月23日
【施設長報告書№0387】
日付:2026年3月15日
差出人:T副 施設長
3階・7号室は先月末より閉鎖状態が継続中でございます。入居者H.T.(要介護五 他界)の居室として処理済みとのことですが、近所の人から「毎朝カーテンが開けられるのが見える」「部屋からはお寺の線香のにおいが漂う」旨の連絡があり調査中……
『あそこはもう開かない方がいいです。』
—— H.T. 入居者証言より(2026年3月20日聞き取り録音ファイル末尾発言)
「私、三日前まではもう死んでいますと先生に伝えましたのに……。しかしまたこの朝、起き上がってしまった自分がいました。」
【発見記録】
対象:階段4階出口の壁面
内容:古い線香一本とマッチ片二つ
階段の手すりは錆びており触れないほどだったが、壁にのみ線香一本だけが見た。床には小さな灰の痕跡が……がしかしそれは「落ちた」ものではなく「置かれた」としか説明がつかない。その先はコンクリート壁で途切れている。
『あそこには誰もいない』と私は言いました。
—— 施設長 証言
「H.T.さんのご葬儀まで完了していますと、遺族へ御挨拶済みでございます。」と答えることしかできなかった私ですが……その翌日また同じ朝に、7号室の窓から白カーテンが風になびいていたのです。窓は外から鍵がかかっています。誰が開けたのでしょうか。
【回収文書:手帳片】
「三月二十日 今日はまた起きた……。そして昨夜見た夢の中で誰かが言った。『名簿に残る者は残るだけよ』と。その声の持ち主が誰か知っていたのですが、もう忘れてしまったのです。」
施設長の証言に矛盾はない。しかし……
記録係である私が見つけたのは別の文書だった。
【旧名簿破片】
対象:紙屑籠から回収したA4断片二枚(日付不明)
H.T 記載欄付近に、消しゴムで削られた跡と、その下に小さな字が書き込まれていた。
「名前を忘れることは存在することではございません。しかし名簿から消すことこそが真の消滅なのです。」「あなたはもうこの施設にはおりません」
記録係 証言(2026年3月25日記録)
私はその夜、7号室の前を通った時にだけその音を聞いた。「カチリ」という音であった。火を灯す音でした。消しゴムではなく線香が灯る音——だが部屋の中には誰もおらず鍵は掛かっている。
そして名簿を確認したとき:
H.T.の記載欄に新しい文字——「三月二十日 再登載」の手書き記録があった。
【最終報告書№0391】
施設長
H.T.に関する件、結局結論を頂けません。入退院ログにも矛盾が見られ……。しかし先般、入居者名簿に追加記載が見えるようになりました。「三月二十日 再登載」の手書き——これはもう誰のものか不明です。現在処理中。
記録係への連絡は途絶えいたしました。
最終確認日:2026年3月30日