大家が「向こうは空室ですよ」と言った日のこと
2026年08月26日
実話です。
僕が大学生の頃、東京の郊外にある古い下宿に一年半ほど住んでいた。築四十五年ほどの木造二階建て。廊下が外だし、階段は毎晩「キィ――」と鳴る。物件紹介サイトで「下町情緒あふれる」と書かれていたやつだ。
その下宿の二階、角部屋に引っ越してきた最初の週に、奇妙なことに気づいた。
壁の向こうから、生活音が聞こえるのだ。
朝六時半ごろになると、鉄板で卵が焼ける音。七時を回ると、テレビのニュース放送。昼過ぎには包丁で食材を切る音。夜は八時ごろから、誰かが民放のバラエティ番組を見ているらしい laugh の声が、壁を通してモワッとして響いてくる。
「隣に人がいるんだな」
くらいにしか思わなかった。サラリーマンか、老夫婦かなあ、と。
住み慣れてくると、その生活のリズムにすら慣れてしまった。毎晩、十時半ごろにトイレに行く音。十一時に水道を流す音。十一時四十分ごろに、テレビが消える音。
正確すぎて、ちょっと違和感を感じたのも、引っ越して二か月目だった。
「あれ、毎日同じ時間にテレビ消えてるけど」
友人に話したら、「隣、高齢者かもしれないね」と返された。
その言葉が、後から考えると重要だった。
引っ越して三か月目のある日、廊下で大家の老婆と出会った。
「おや、お部屋快適かしら?」
「はい、特に問題ありません。ただ、隣の方ですが——」
「あ、向こう?」
老婆の顔が、瞬間だけ固まった。
「向こうは空室ですよ。三階の……いえ、二階の角の隣。リフォーム中なんで、ちょっと時間がかかって」
その瞬間、耳元で、テレビの音声のような音が、ぼんやりと聞こえた。
バラエティ番組の笑い声。
夜十時四十分。
正確に、テレビが消える音。
その夜から、僕は枕に耳を押し付けて聴いた。
壁の向こうから、朝六時半、鉄板で卵が焼ける音。
七時、ニュース放送。
昼、包丁で食材を切る音。
夜八時、テレビの音声。
十時半、トイレに行く音。
十一時、水道を流す音。
十一時四十分、テレビが消える音。
毎日、毎日、正確に。
大家に再度尋ねた。
「すみません、隣の生活音なんですが——」
「あ、向こうは空室ですよ。まだリフォームできていませんから」
「でも、毎日、生活音が——」
老婆は言った。
「あなた、一人暮らしでしょう? 耳鳴りかもしれませんよ。老けすぎです」
その夜、僕は隣室の壁を叩いた。
「もしもし、生活音聞こえますけど」
返答はない。
でも、壁の向こうから、答えが返ってきた。
「……はっはっはっは……」
笑い声。
壁を伝って、モワッと、染み込んでくる。
その夜から、生活音は止まらなかった。
朝六時半、鉄板の音。
七時、ニュース。
昼、包丁。
夜、テレビ。
十時半、トイレ。
十一時、水道。
十一時四十分、テレビが消える。
そして、十一時四十一分、壁を叩く音。
「トン。トン。トン。」
毎日、毎日、正確に。
大家に再度尋ねたとき、老婆は言った。
「あ、向こう。そうよ、空室よ。十年前に、入居者がね。亡くなったの。その日以来、誰も入らないの」
「でも、生活音が——」
「あなた、もしかして、その部屋の向こう側にいるわね?」
僕は、自分の部屋が二階の角部屋だと思った。
でも、大家の指差した方向は、僕が「隣」と思っていた壁の先だった。
その壁の向こうは、外だった。
外壁。
外から、生活音が聞こえていた。
その夜から、生活音は止まった。
代わりに、毎日、十一時四十分。
壁ではなく、天井から、鉄板で卵を焼く音が、する。
朝六時半まで、続く。