壁の向こうの生活音

実話です。

僕が大学生の頃、東京の郊外にある古い下宿に一年半ほど住んでいた。築四十五年ほどの木造二階建て。廊下が外だし、階段は毎晩「キィ――」と鳴る。物件紹介サイトで「下町情緒あふれる」と書かれていたやつだ。

その下宿の二階、角部屋に引っ越してきた最初の週に、奇妙なことに気づいた。

壁の向こうから、生活音が聞こえるのだ。

朝六時半ごろになると、鉄板で卵が焼ける音。七時を回ると、テレビのニュース放送。昼過ぎには包丁で食材を切る音。夜は八時ごろから、誰かが民放のバラエティ番組を見ているらしい laugh の声が、壁を通してモワッとして響いてくる。

「隣に人がいるんだな」

くらいにしか思わなかった。サラリーマンか、老夫婦かなあ、と。

住み慣れてくると、その生活のリズムにすら慣れてしまった。毎晩、十時半ごろにトイレに行く音。十一時に水道を流す音。十一時四十分ごろに、テレビが消える音。

正確すぎて、ちょっと違和感を感じたのも、引っ越して二か月目だった。

「あれ、毎日同じ時間にテレビ消えてるけど」

友人に話したら、「隣、高齢者かもしれないね」と返された。

その言葉が、後から考えると重要だった。

引っ越して三か月目のある日、廊下で大家の老婆と出会った。

「おや、お部屋快適かしら?」

「はい、特に問題ありません。ただ、隣の方ですが——」

「あ、向こう?」

老婆の顔が、瞬間だけ固まった。

「向こうは空室ですよ。三階の……いえ、二階の角の隣。リフォーム中なんで、ちょっと時間がかかって」

その瞬間、耳元で、テレビの音声のような音が、ぼんやりと聞こえた。

バラエティ番組の笑い声。

夜十時四十分。

正確に、テレビが消える音。

その夜から、僕は枕に耳を押し付けて聴いた。

壁の向こうから、朝六時半、鉄板で卵が焼ける音。

七時、ニュース放送。

昼、包丁で食材を切る音。

夜八時、テレビの音声。

十時半、トイレに行く音。

十一時、水道を流す音。

十一時四十分、テレビが消える音。

毎日、毎日、正確に。

大家に再度尋ねた。

「すみません、隣の生活音なんですが——」

「あ、向こうは空室ですよ。まだリフォームできていませんから」

「でも、毎日、生活音が——」

老婆は言った。

「あなた、一人暮らしでしょう? 耳鳴りかもしれませんよ。老けすぎです」

その夜、僕は隣室の壁を叩いた。

「もしもし、生活音聞こえますけど」

返答はない。

でも、壁の向こうから、答えが返ってきた。

「……はっはっはっは……」

笑い声。

壁を伝って、モワッと、染み込んでくる。

その夜から、生活音は止まらなかった。

朝六時半、鉄板の音。

七時、ニュース。

昼、包丁。

夜、テレビ。

十時半、トイレ。

十一時、水道。

十一時四十分、テレビが消える。

そして、十一時四十一分、壁を叩く音。

「トン。トン。トン。」

毎日、毎日、正確に。

大家に再度尋ねたとき、老婆は言った。

「あ、向こう。そうよ、空室よ。十年前に、入居者がね。亡くなったの。その日以来、誰も入らないの」

「でも、生活音が——」

「あなた、もしかして、その部屋の向こう側にいるわね?」

僕は、自分の部屋が二階の角部屋だと思った。

でも、大家の指差した方向は、僕が「隣」と思っていた壁の先だった。

その壁の向こうは、外だった。

外壁。

外から、生活音が聞こえていた。

その夜から、生活音は止まった。

代わりに、毎日、十一時四十分。

壁ではなく、天井から、鉄板で卵を焼く音が、する。

朝六時半まで、続く。