閉館した映画館の館内放送
2026年09月09日
これは知人の話だ。
彼が二十代の頃、大阪の梅田の裏手にある老舗映画館で働いていた。通称「梅田座」と呼ばれる、昭和30年創業の単館映画館だ。
もともとは二つの映画館が一つになった建物で、本館と別館の二つある。彼は別館の館内スタッフとして、上映前の宣伝フィルムや館内放送を担当していた。
ある日、映画館は改装のため一ヶ月間休業することになった。閉館の挨拶も済み、スタッフは順次他の仕事に就いた。彼だけが、鍵の管理と設備の点検でたまに通うことになった。
閉館二週目のこと。彼は鍵を持って映画館を訪れた。
ロビーに入ると、どこからか館内放送の音声が聞こえてきた。
「それでは、本日の上映を終了いたしました。ご来場ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」
古びたスピーカーから流れる、無機質な女性の声。
彼は凍りついた。映画館は閉まっている。誰もいない。
「誰かいる?」
返事はない。館内放送は止まった。
次の日、彼は映画館の管理者に電話した。
「閉館しているのに、館内放送が流れていました」
管理者は「そんなはずはない。鍵は全部変更した。誰も入る方法はない」って言った。
でも、その後も毎晩同じ時間、館内放送が流れた。
「それでは、本日の上映を終了いたしました。ご来場ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」
毎晩、全く同じセリフ。
彼はその映画館を二度と訪れなかった。
それから三年後、その映画館は取り壊され、跡地には高層マンションが建った。
でも今でも、彼はその館内放送を思い出す。
もし誰かが、閉館したはずの映画館から館内放送を聴いたら——。
それは、まだ誰かがそこにいるのか。
それとも、映画館が「上映中」だと勘違いしているのか。