新聞の一面が真っ白で、その中にぼんやりと人の顔が浮かんでいる

毎朝、7時15分の電車。

私は山手線の内回りに乗っている。同じ車両、同じ席、同じ時刻。それが日課になっていたのは、かれこれ2年ほどになる。

その車両には、毎日同じおじさんが座っている。70代後半くらいだろうか。白髪を後ろに整え、新聞を広げている。朝のニュースをチェックしているのか、政治面ばかり読んでいる。

私はイヤホンをして本を読んでいるので、ほとんど会話はない。ただ、毎朝同じ顔を見るのが、ふと安心になっていた。

ある朝、いつものように車両に入ると、おじさんはいつも通り新聞を広げていた。しかし、普段は政治面を熱心に読んでいる彼が、今日は一面だけをじっと見つめている。

「おじさん、何かあったんですか?」

思わず聞いてしまった。おじさんはゆっくりと私の方を向いた。その表情は、驚きというより、少し悲しんでいるように見えた。

「いや……この新聞、おかしいんだよね」

そう言って、新聞の一面を私に見せた。

一面は真っ白だった。

見開きの両面が、完全に白紙だった。文字も写真も、何もない。ただの白紙の新聞紙が、私の前に広げられている。

「これ、印刷ミスですか?」

おじさんは黙って次のページをめくった。そこにも白紙が続き、10ページほどめくったところで、ようやく写真が載っていた。

そこには、私だった。

今朝、私が電車に乗る瞬間を写した写真が、新聞の記事として載っていた。見出しは「毎朝同じ車両に乗る男性の姿が確認される」だった。

「……これはどういうことですか」

おじさんは応答しない。ただ新聞を広げたまま、静かに私を見つめている。

車両が次の駅に差し掛かり、扉が開く。おじさんが立ち上がった。

「では、また明日」

そう言って、おじさんはホームへ降りていった。

次の日も、おじさんはいなかった。

でも、その朝の電車の中で、誰かが同じ新聞を広げていた。一面は真っ白だった。


その日以来、私はその電車に乗らなくなった。

でも、ある日のことだ。地下鉄のホームで、ふと横を見ると、新聞を広げた男性が立っていた。白髪を後ろに整え、新聞の一面だけをじっと見つめている。

その男性が、ゆっくりと私の方を向いた。

新聞の一面は、真っ白だった。