レジの向こうの影

これは僕の後輩、Tの話だ。Tは大学卒業後、某大手IT企業に就職したが、入社三个月目にこの経験をきっかけに退職している。

Tがアルバイトをしていたのは、東京都内某所の24時間営業コンビニだった。シフトは深夜三時〜朝七時の深夜帯。週三回のシフトで、月八万ほど。奨学金返済のためのアルバイトだった。

店は一見普通のコンビニだった。入り口に自動ドア、店内に陳列棚、奥に温めたおにぎりや総菜を置く温食コーナー、手前にレジ。深夜帯のスタッフはT一人。店長も来ない。

「深夜のコンビニは思ってるより静かだよ」とTは後に語っていた。

ある日のこと。深夜二時四十分頃、自動ドアが開いた。

三人の客が入ってきた。三人とも二十代後半〜三十代前半の男性。全員が黒いコートを着ていた。三人とも同じデザインのコートだった。

「いらっしゃいませ」とTがいつものように声をかけると、三人とも一斉にレジへ向かった。

「あ、すみません。三人とも並んでいいですか?」

Tは焦ってレシートをセットし、最初の客の品物を受け取った。おにぎり二つ、缶コーヒー一つ、ライター。合計八百二十円。

「一千円です」とTが言うと、最初の客が一千円札をレジに出した。精算完了。レシートが出てきた。

次の客。おにぎり一つ、おでんの大盛り。合計六百五十円。

「一千円です」とTが言うと、二人目の客も一千円札を出した。精算完了。レシートが出てきた。

三人目の客。何も持っていない。ただ立っているだけだった。

「……はい、次の方」とTが声をかけると、三人目の客がゆっくりとレジに近づいた。顔が近づいた。

その顔が、Tの記憶から消えている。

Tは後に「顔は覚えてるんだけど、何の顔なのか全然思い出せない」と語っていた。

「名前も、何を見ていたのかも、全部曖昧で。でも、目が……目がすごく澄んでた。瞳孔が開いてて、暗い店内の蛍光灯が反射してた」

三人目の客は、何も買わないまま、レシートを一枚だけ持って、自動ドアから出ていった。

「あれ、レシート一枚しかない……」

Tがレシートカウンターを見ると、確かに一枚だけ。三人の客が来たのに、レシートは一枚。

「えっ、あれ?」

Tが自動ドアの外を見ると、三人の客はもういなかった。道も、車も、何もなかった。

「その時、店の中にいたのが自分一人だけだってことに、ようやく気づいた」

Tは店長に電話した。店長は「レシートが一枚だってどういうこと? 客三人来たなら三枚出るはずだろ」と言った。

Tはレシートを確認した。合計八百二十円。おにぎり二つ、缶コーヒー一つ、ライター。

「でも、三人目の客は何も買ってない。レシートの内容は、最初の客のものだ」

「じゃあ、二人目と三人目の分のレシートは?」

「……ありません」

その夜、Tはアルバイトを辞めると店長に伝えた。店長は「まだ三日目だぞ」と言ったが、Tはもう戻らなかった。

Tは後に「あの三人のコート、全部同じデザインだった。タグを見てないからサイズは分からないけど、同じメーカー、同じ型番のコートを三人が着ていたってことさ。コンビニの制服じゃない。あれが何だったのか、今でも分からない」と語っていた。

そのコンビニは、半年後に閉店した。建物は解体され、今は更地になっている。