深夜の宅配ボックスから手が伸びてきた
2026年08月21日
僕が一人暮らしを始めたのは、去年の春のことだ。駅から徒歩15分の距離、物件自体は古いが家賃が安く、何よりベランダに物干し竿がついているのが決め手だった。
問題は、1階の角部屋だったことだ。
ベランダの床に、縦長の箱型のオブジェクトが設置してある。これが「宅配ボックス」だ。Amazonや食品の配達を、留守中に受けられる便利な設備。僕はこれを「外との窓口」というより、ベランダの「もう一つの扉」として使っていた。
3月のことだった。
深夜2時47分、スマホの通知が鳴った。
あなたの荷物が宅配ボックスに配達されました
見覚えのない配送会社からの通知だ。僕は眠い目をこすりながら確認した。中身は「生理用品と冷凍うどん」。配送先の住所は、もちろん僕の住所。
「えっ、僕そんなもの頼んでないけど」と思い、ベランダに出てボックスを開けた。確かに中に入っている。封筒を破って中を確認すると、配送伝票には「あなたの名前」が書かれていた。
「誰かが間違えて配送したのかな」と思った。僕は伝票を捨て、中身をゴミ箱に捨てて、再び部屋に戻った。
次の日、同じ時間。
あなたの荷物が宅配ボックスに配達されました
今度は「シャンプーとヘアドライヤーの小型版」。ベランダに出て開けると、確かに中に入っていた。伝票にはまたもや「僕の名前」。
3日目も来た。
あなたの荷物が宅配ボックスに配達されました
「これはおかしい」と思った。僕は配達会社に電話した。すると担当者はこう言った。
「お客様のご住所には、確かに配達しております。ただし、配送記録によると、ボックスの扉は開けられていません。お客様が受け取っていないということですね」
「そうじゃない。中に入っているよ。3つとも」
「それはおかしいですね。ボックスが開いていないのに、中身が入っているというのは……」
電話を切って、僕はベランダに出た。ボックスは閉まっている。鍵は掛かっている。
しかし、3つの「荷物」が中に入っていた。
4日目の夜、僕はボックスの前に座って、監視することにした。
2時47分。スマホが鳴った。
あなたの荷物が宅配ボックスに配達されました
僕はその場から動かなかった。ボックスの扉は、ゆっくりと、内側から押されるように開いていった。
中からは、真っ暗な空間が広がっている。
その暗闇から、白い手が伸びてきた。
指は人間のそれとは明らかに違っていた。関節が逆方向に曲がっている。爪は黒く、先が鋭く尖っている。
手がボックスの縁を掴み、身体を押し出そうとしている。
僕は逃げなかった。なぜだか、動けなかった。
その時、手が止まった。
暗闇の中から、声が聞こえた。
「……見つかった」
ボックスの扉が、勢いよく閉じた。
翌朝、ベランダに出ると、ボックスは閉まっていた。開けようとすると、鍵が掛かっていた。前夜まで鍵は掛かっていなかったはずだ。
鍵をこじ開け、ボックスの中を確認した。
中身はからっぽだった。
しかし、ボックスの底に、黒い爪の痕が、床に深く刻まれていた。
そして、伝票が一枚、敷かれていた。
配送先:僕の住所 配送品:「人間」
このアパートに住む人たちは、みんな同じことを経験しているという噂がある。
しかし、誰にも証明できない。
なぜなら、ボックスの中身は、毎回消えているから。