実は自分の話じゃない。女友達、28歳、東京・世田谷の一人暮らしの話。

彼女は普段、在宅ワークが多いので、在宅中に届く荷物は宅配ボックスに任せている。鍵もかからない、蓋がパチンとはまるだけの簡素なボックス。100均で売ってるようなプラスチック製。

「もう十年以上、何もないよね」

そう彼女は言っていた。

その日も夕方の六時頃、在宅ワークの合間にスマホをチェックすると、配達の通知が来ていた。

「本日配達完了 — 宅配ボックスに保管」

特におかしなとも思わなかった。彼女は先週に何度かネット注文をしている。

七時過ぎ、夕食の支度をしようとして、ふと宅配ボックスの方を見た。

蓋が、少し開いている。

「あ、風で?」

蓋を閉めて、料理に戻った。

八時頃、また通知が来た。

「本日配達完了 — 宅配ボックスに保管」

おかしい。彼女は誰も注文していない。

「迷惑配信か」

スマホをポケットにしまい、料理を続ける。

九時過ぎ、キッチンで皿を洗っている時だった。

パチン、と音がした。

宅配ボックスの方から、蓋が閉まる音。

彼女は包みを握りしめ、リビングへ向かった。

「……誰かいるの?」

誰もいない。窓も鍵がかかっている。

「猫でも入ったのかな」

そう言い聞かせて、蓋を閉めた。

十時。

また音がした。

パチン。パチン。

今度は連続で、二回、三回。

彼女はスマホの懐中電灯を点け、宅配ボックスに近づいた。

中をのぞき込むと、何もない。

でも、蓋が、少しずつ、開いていく。

「……はあ」

彼女は笑おうとした。でも、笑えなかった。

蓋が開ききった瞬間、中から低い、唸るような音が聞こえた。

人間の声に似ている。でも、声帯が震える音もない。ただ、空洞から漏れるような、湿った声。

「……は……あ……」

彼女は後ずさり、玄関へ走った。

鍵をして、外へ出た。

次の日、大家さんに頼んで、部屋に戻ると、宅配ボックスの中は、完全に空だった。

でも、ボックスの底に、小さな、水たまりのようなものが、あった。

そして、その水たまりに、何か書かれていた。

指でなぞったような、字が。

「また、来る」

彼女はそれ以来、その部屋を借りているまま、実家に戻って暮らしているという。

物件は空いたまま。大家さんも「誰も入らない」と言っていた。

でも、今も、ボックスの中には、時々、湿った音が聞こえるそうだ。


彼女は今でも、ネット注文を、宅配便以外には頼めない。