宅配ボックスから声がした
2026年08月17日
実は自分の話じゃない。女友達、28歳、東京・世田谷の一人暮らしの話。
彼女は普段、在宅ワークが多いので、在宅中に届く荷物は宅配ボックスに任せている。鍵もかからない、蓋がパチンとはまるだけの簡素なボックス。100均で売ってるようなプラスチック製。
「もう十年以上、何もないよね」
そう彼女は言っていた。
その日も夕方の六時頃、在宅ワークの合間にスマホをチェックすると、配達の通知が来ていた。
「本日配達完了 — 宅配ボックスに保管」
特におかしなとも思わなかった。彼女は先週に何度かネット注文をしている。
七時過ぎ、夕食の支度をしようとして、ふと宅配ボックスの方を見た。
蓋が、少し開いている。
「あ、風で?」
蓋を閉めて、料理に戻った。
八時頃、また通知が来た。
「本日配達完了 — 宅配ボックスに保管」
おかしい。彼女は誰も注文していない。
「迷惑配信か」
スマホをポケットにしまい、料理を続ける。
九時過ぎ、キッチンで皿を洗っている時だった。
パチン、と音がした。
宅配ボックスの方から、蓋が閉まる音。
彼女は包みを握りしめ、リビングへ向かった。
「……誰かいるの?」
誰もいない。窓も鍵がかかっている。
「猫でも入ったのかな」
そう言い聞かせて、蓋を閉めた。
十時。
また音がした。
パチン。パチン。
今度は連続で、二回、三回。
彼女はスマホの懐中電灯を点け、宅配ボックスに近づいた。
中をのぞき込むと、何もない。
でも、蓋が、少しずつ、開いていく。
「……はあ」
彼女は笑おうとした。でも、笑えなかった。
蓋が開ききった瞬間、中から低い、唸るような音が聞こえた。
人間の声に似ている。でも、声帯が震える音もない。ただ、空洞から漏れるような、湿った声。
「……は……あ……」
彼女は後ずさり、玄関へ走った。
鍵をして、外へ出た。
次の日、大家さんに頼んで、部屋に戻ると、宅配ボックスの中は、完全に空だった。
でも、ボックスの底に、小さな、水たまりのようなものが、あった。
そして、その水たまりに、何か書かれていた。
指でなぞったような、字が。
「また、来る」
彼女はそれ以来、その部屋を借りているまま、実家に戻って暮らしているという。
物件は空いたまま。大家さんも「誰も入らない」と言っていた。
でも、今も、ボックスの中には、時々、湿った音が聞こえるそうだ。
彼女は今でも、ネット注文を、宅配便以外には頼めない。