宅配ボックスの奥に、手が伸びている
2026年08月20日
知人の女性、Kが話していた。彼女は都内某所の築五年ほどのマンションの七階に住んでいる。一人暮らしになって一年目。会社員で、朝は八時に出社する。
「朝、宅配ボックスを開けたら、中がおかしくて」
彼女がそう言い出したのは、ある水曜日の朝だった。彼女はいつものように一階の玄関ホールにある宅配ボックスを開けた。中には昨日届いた段ボール箱が一つ。それだけのはずだった。
しかし、箱の蓋がわずかに開いていた。
「配送業者が適当に置いたのかな」
そう思い、彼女は箱を取り出して七階へ上がった。しかし、その日の中身を確認してみると、中身が少しだけ動いていた。中身は衣類だった。服が、まるで誰かに触られたように、不自然に折り重なっていた。
「配送時にそうなることもある吧」
彼女はそう思い、特に気にしなかった。
しかし、その次の日にも起きた。今度は、箱の蓋が完全に開いていた。中身は食料品だった。牛乳のペットボトルのキャップが開いていた。
「ありえない」
彼女は即座に玄関のインターホン横にある防犯カメラのアプリを開いた。録画データを再生した。
画面には、深夜二時四十七分の玄関ホールが映っていた。
誰もいない。
しかし、宅配ボックスの蓋が、ゆっくりと開くのが写っていた。
開いた幅は、わずか五センチ。それ以上は開かない。そして、その隙間から、何かが伸びてきた。
指だった。
二本の指が、宅配ボックスの中を、ゆっくりと、なぞるように動かれていく。
Kは録画を見ながら、冷や汗が止まらないのを感じた。
そして、彼女はふと気づいたのだ。
開いていた宅配ボックスは、自分のものではなかった。
隣の、空室の部屋のボックスだった。
その部屋の住人は、半年前に引っ越したはずだ。管理会社に確認しても、その部屋に新しい住人は決まっていない。
しかし、その宅配ボックスの中には、Kの荷物が届いていた。
そして、その指が、Kの荷物を、なぞっていた。
次の日、Kは管理会社に電話した。
「空室の宅配ボックスが、夜中に開くんです」
管理会社の担当者はいった。
「空室のボックスには、鍵がかかっていますよ」
Kは録画を再確認した。
鍵がかかっていた。
しかし、鍵は、外から開けられていた。
そして、録画の隅に、写っていたものがあった。
宅配ボックスの前に立っている、人影だ。
黒い服を着た人物が、宅配ボックスの前に立ち、ゆっくりと、Kの部屋の方を向いていた。
その人物の顔は、写っていなかった。
しかし、その人物の手に、Kの部屋の鍵が、握られていた。
Kは録画を止めた。
その時、彼女のスマホが振動した。
宅配ボックスのアプリからのお知らせだった。
「宅配ボックスが開きました」
Kは今、自分の部屋の宅配ボックスが、開いていることに気づいた。
彼女は部屋から覗き込んだ。
宅配ボックスの蓋が開いている。
その奥に、二本の指が、ゆっくりと、彼女の方へ伸びてきていた。