毎日届く不在票
2026年08月22日
毎朝、玄関先に不在票が一枚。
最初は「また配達人が間違えたか」と思った。東京都心部の古いマンションの一室に一人暮らしの僕には、たまに誤配があっても不思議ではない。受取人名は「たなか」さん。僕の名前は「たにぐち」。確かに似ているが、違う。
配達時刻は三時十七分。
初めて気づいたのは先週の水曜日だった。深夜、トイレを起こされて玄関先に行くと、靴箱の隙間から白い封筒がはみ出していた。開けてみると、そこには宅配便の不在票が。受取人名は「たなか」とあり、配達時刻は「03:17」。
「深夜に配達?」
不審に思って配送会社に電話した。すると、「不在票は発行されましたが、配達記録はありません」と言われた。
「じゃあ、この不在票は?」
「もしかして、お住まいの建物に以前お住まいだった方がいらっしゃるでしょうか。旧住所への誤配かもしれません」
そう言われて、僕は以前住んでいた大阪の友人に電話した。彼は三年前に東京に引越した。
「たなか? 知らないな」
それ以来、不在票は毎日届くようになった。
同じ会社から。同じ時刻。同じ「たなか」。
ある夜、僕は寝装をしながら玄関のインターホンに忍んだ。
三時十七分。
ピッ、ピッ、ピッ。
インターホンが鳴る。普通の電子音ではない。三回に分けて、正確に鳴る。僕がインターホンのボタンを押すと、向こうからは何も聞こえない。ただ、静寂。
玄関のドアの隙間から、白いものが滑り込んでくる。不在票。
僕はドアを開けた。廊下には誰もいない。
次の日、僕は玄関のドアの上部にある小さな隙間を確認した。ここは鍵がかかっており、通常は封筒が一枚だけ通るようになっている。
その隙間の幅は、ちょうど不在票の幅。
「誰かが僕の部屋から不在票を外に出している」
そう気づいた瞬間、僕は冷や汗を感じた。
もし、誰かが僕の部屋の中にいるなら——
その夜、僕はふりをしながら、スマートフォンで部屋の中を録画し始めた。
三時十七分。
インターホンが鳴る。
ピッ、ピッ、ピッ。
ドアの隙間から白いものが滑り込んでくる。不在票。
録画画面を見て、僕は息を呑んだ。
画面の中の僕が、目を閉じたまま、ゆっくりと起き上がり、玄関に向かって歩き出している。
僕は、寝ながら歩き出していた。
次の日、僕は大家さんに相談した。
「部屋に誰か入ってこないか」
大家さんは驚いた顔をした。
「入りますよ。毎週火曜日に掃除に入ります」
「いや、違う。深夜に。誰かが僕が使っていない間に、部屋に入ってくる」
大家さんはしばらく黙って、そして言った。
「たにぐちさん、あなたの部屋、二階右の部屋ですよね」
「ええ」
「二階右の部屋は、三年前から空室です。あなた、一階左に住んでいませんか」
僕は凍りついた。
「……え、嘘でしょ。僕は二階右に住んでる」
大家さんは心配そうに言った。
「たにぐちさん、あなたの引越し、まだ完了していませんよ。管理会社から連絡がありました。『たにぐちさん、一階左の部屋に入居してください』って」
僕はスマートフォンを取り出した。賃貸契約書を開く。
部屋番号:202
「これが証拠だ」
大家さんは静かに言った。
「たにぐちさん、202号室は、三年前の火事で全焼しました。再生されていません」
その夜、僕は部屋を空けて、ホテルに泊まった。
次の日、管理会社の人と一緒に部屋に戻ると、玄関には不在票が一枚。
受取人名:たにぐち
配達時刻:03:17
そして、新しい項目が一つ加わっていた。
「配達完了。中に入ります」
僕は今、この文章を書きながら、インターホンが鳴るのを待っている。
三時十七分まで、あと三分。