デパートの階段

知人の話なので、そのまま伝える。

知人の女性(31歳、大阪・梅田の百貨店で販売勤務)の話だ。

彼女が勤める百貨店は、地下二階から七階まである大型店舗だった。一階がファッション、二階がアクセサリー、三階がコスメ、四階が食料品、五階が子供向け、六階がレストラン街、七階が映画館とイベントホール――そんな構成だった。

知人は週に三回、深夜のパートに入っていた。閉店後の棚整理と、翌日の陳列替えだ。大体二十三時から翌朝七時までの八時間。

知っていた。七階にはエレベーターが一台しかないことを。なので、地下から七階まで上がる時は、四階と五階を挟んで、階段を使わなければならないことも。

階段は、エントランスから一番奥の、トイレの隣にあった。目立たない場所だ。

「あの階段、夜中に行くと妙に涼やみだよ」

彼女は最初はそう思っていた。冷房が効きすぎているのだろうと。

ある日のこと、彼女は七階のイベント会場の設営を手伝うことになった。終業時間が二十三時を回っていた。設営が終わり、荷物を運んで、ようやく退勤の時間になった。

エレベーターは五階で止まる。七階に行くには、そこから階段を上がらなければならない。

「えー、階段か」

彼女はため息をついて、エレベーターから降りた。五階の食品売り場はすでに暗くなっていた。陳列されていたパンやケーキが、薄っすらと残った照明に照らされている。その静かな空間を、彼女の靴音が響かせていた。

エレベーターホールの横にある階段への入り口。いつもの場所だ。

彼女はドアを開けた。

階段が、そこにあった。

鉄製の階段。手すり。壁に貼られたタイル。蛍光灯。どこにでもある階段だった。

彼女は足を踏み入れた。

一歩目。

「……?」

足音が、おかしい。

靴音が、二つ聞こえたのだ。

彼女の足音。そして、彼女の足音の、少し遅れて響く、もう一つの足音。

「……echo?」

彼女は振り返った。

廊下は暗い。エレベーターホールの照明は、消えかけていた。その暗闇に、誰かの姿はなかった。

「気のせいだろう」

彼女はそう自分に言い聞かせ、階段を上がった。

二階。三階。四階。

各階の踊り場を上がるたび、足音が一つ増えるような感覚があった。彼女自身の足音。そして、階段の奥から聞こえる、もう一つの足音。

その足音は、彼女より一歩遅れて、同じリズムで響く。

彼女は走った。

五階の踊り場を駆け上がり、六階の踊り場を駆け上がり、七階の階段の出口に手をかけた時、彼女は気づいた。

階段を上る間、足音が三つになっていたことを。

彼女の足音。そして、二つの足音。

彼女が振り返って階段を降りようとした時、階段の下のほうに、誰かが立っているのが見えた。

エレベーターホールの入り口。暗闇の中に、白い服を着た女性が、じっと上を見上げていた。

その女性は、彼女と同じ方向を向いていた。階段の上を見上げて。

そして、ゆっくりと、首を傾げた。

知人が七階の出口を開けて、外に出た時、彼女は振り返って階段をもう一度見た。

階段は、暗いままだった。誰もいなかった。

「……でも、足音がした」

彼女は言う。

階段の下のほうから、彼女が階段を下りる足音を、二つ聞いたと。

彼女が階段を降りる前に、すでに下りていた人の足音が。

彼女の足音より一歩遅れて、同じリズムで響いていた。

それ以来、彼女は階段を使わないようにしている。エレベーターが五階で止まるなら、七階まで歩くしかない。でも、彼女はタクシーを使うようになった。

梅田の百貨店の七階に、階段があることは、今でも知っている。

でも、もう行かない。夜中に。