デパートの試着室で聞こえた、自分自身の声
2026年09月09日
知人の話だ。彼女は都内のデパートで、毎年恒例の秋のセールでコートを探していた。
地下の衣料品フロアは人で溢れていた。希望の色、希望のサイズを持っている服は常に一つだけ。それを求めて、彼女は試着室の列に並んだ。
三番目の試着室が空いた時、彼女は中に入った。鏡の前に立ち、コートを取り出して着てみる。サイズは完璧だった。鏡に映る自分を見て、満足げに微笑む。
その時、鏡の中に自分とは別の影が映ったことに気づいた。
最初は気のせいだと思った。照明の反射か、鏡の歪みだろう。しかし、その影がゆっくりと首をかしげた時、彼女の背筋が凍りついた。
鏡の中の影は、彼女と同じ格好をしていた。同じコートを着て、同じ姿勢で立っていた。しかし、表情が違っていた。彼女が微笑んでいる時、影は真顔で、しかも——彼女とは逆向きに微笑んでいた。
「あれ?」
彼女は思わず声を出した。その瞬間、影は鏡の中から一歩、外へ踏み出そうとした。鏡が波打つように歪み、影の手足が鏡の表面を押し広げるように伸びてきた。
彼女は後ずさりした。足が試着室の壁に当たり、動けなくなる。
その時、試着室のカーテンが外から開けられた。
「おnextのお客様です」
店員の声に、影は瞬間的に元の位置に戻った。鏡には、彼女一人の姿だけが無邪気に映っていた。
彼女はそのままコートを脱ぎ捨て、試着室から逃げ出した。エスカレーターで上階のフロアへ走り、そのままデパートを出てしまった。
後で知ったことだが、そのデパートの地下衣料品フロアには、以前に試着室で事故があったという。
ある女性が試着室の鏡に顔を近づけた時、鏡が突然割れ、大量のガラスの破片に飲み込まれたのだ。彼女は即死した。
デパートは鏡を全て交換した。しかし、新しい鏡にも、元の鏡の記憶が宿っているのか——
知人はその日以来、デパートの鏡を見るたびに、背筋が凍る思いがすると話す。
鏡はあなたの影を映す。しかし、時にはあなたの影が、あなたとは違うことを映すこともある。