デパートのエレベーターに、自分が三人写った
2026年09月16日
知人の話なんだけど、今でも彼女に会えると「あの時、僕らは三人だったよね」って笑うんだよ。でもその笑い方に、僕は後からゾッとしたんだ。
彼女は大阪・梅田のデパートで、二階の服飾売り場にパートで働いていた。週三日の勤務。朝九時から夕方五時まで。決まって最後に使うのは、売り場の奥にある従業員専用エレベーターだった。
そのデパート、改装した時に従業員用エレベーターを鏡張りになったらしい。四面とも鏡。乗った瞬間、鏡に映る自分が何人か数えられるやつだ。
「鏡が四面あるから、自分は四人体制になるよね」
そう彼女は言ってた。冗談として。
ところが、九月のある金曜日のことだった。夜八時過ぎ。売り場の片付けも終わり、一人でお会計の準備をしていたところだった。
エレベーターを待っている時、鏡に映る自分に違和感を覚えた。
鏡が四面あるエレベーター。正面の鏡には当然、自分の姿が写っている。左の鏡にも、右の鏡にも、奥の鏡にも、それぞれ自分の姿が写っている。
でも、その写り方が、いつもと違った。
正面の鏡の自分は、疲れた顔でスマホを見ている。いつもの自分だ。
左の鏡に映る自分は、笑っている。
右の鏡に映る自分は、泣いている。
奥の鏡——つまり背後の鏡——には、写っていない。
「え?」
彼女は振り返った。背後には誰もいない。エレベーターホールは静かだった。エレベーターの到着表示が点滅し、扉が開く。
中の鏡に映る自分は——四人いた。
正面、左、右、奥、それぞれの鏡に、それぞれ異なる表情の自分が写っていた。
「……変な鏡だなぁ」
そう言って、彼女はエレベーターに入った。
その瞬間、エレベーターの扉が閉まり始めた。
左の鏡に映る自分が、手を振っている。
右の鏡に映る自分が、口を動かしている。何を言っているのか聞こえない。
奥の鏡——そこに、ようやく自分の姿が写り始めた。
でも、その自分が写るまで、三秒かかった。
普通、鏡に映るまでの遅延なんてない。光の反射は瞬間だ。
三秒遅れて写った自分の姿——それは、彼女が入る前、エレベーターの中にいた誰かの姿だった。
エレベーターが動き出した時、右の鏡に映る自分が、口を動かしたのがはっきりと見えた。
「降りないで」
彼女はエレベーターの停止ボタンを連打した。でも止まらない。階数表示は、二階から下に向かって数字が減っていく。
一階。
扉が開いた先にあったのは、地下駐車場だった。
エレベーターの中から降りようとした時、正面の鏡に映る自分が、ゆっくりと頷いた。
左の鏡の自分は、まだ笑っている。
右の鏡の自分は、まだ泣いている。
奥の鏡の自分は——もう、写っていなかった。
彼女はその日から、そのデパートで働いていない。
「でもね」
彼女は最後にそう言った。
「あの後、何度かそのデパートの前を通りかかるんだけど、時々、エレベーターの窓から、三人の自分が立っているのが見えるんだ」
「違う」
彼女は目を伏せて、小さく続けた。
「四人だった。最後に、僕が奥に立った」