デジカメのオートフォーカスが勝手に動く
2026年10月07日
妻の両親の七回忌があった。
妻の実家は神奈川県川崎市の郊外、田舎と街の境目といった場所だ。新幹線の駅からもほど近く、利便性は悪くない。ただ、周囲はまだ開発の手が及んでいない空き地が多く、夕暮れになると奇妙に静かになる。
七回忌の翌週、妻が「おじいちゃん、おばあちゃんとの写真、現像しようか」と言った。
「昔デジカメで撮ったんだっけ。スマホで撮り直せばいいのに」
「おじいちゃんが買ってくれたカメラだから。それで行きたい」
妻はそう言って、押し入れから古いデジタルカメラを取り出した。Canonのコンパクトデジカメ。妻が小学生の頃に祖父から貰ったものらしい。液晶画面はヒビが入っているが、電源が入る。
「今すぐやる?」
「明日の朝でいいよ。朝の方が光が入るから」
妻はカメラを充電器に繋ぎ、就寝した。
次の朝、妻がカメラの電源を入れると、液晶画面が点灯した。オートフォーカスが作動し、レンズが伸び縮みする音だけが、静かな台所で響く。
「あ、ピント合ってない。もう一回」
妻はカメラを構えなおした。再びオートフォーカスが作動する。
その時だった。
ピントが、写真に写っていない場所に合わせたのだ。
妻が家族の写真の方向に向けても、カメラは壁の隅、写真に何も写っていない部分をクローズアップしようとする。三回目で妻はカメラを下げた。
「おかしいな」
もう一度電源を入れ直した。オートフォーカスが再び作動する。今度は床の方向。そしてまた、壁の隅。
妻はカメラを手に、祖父・祖母の写真が並んでいる仏壇の前に向かった。
「これで撮ろう」
シャッターを切った。
液晶画面に再生された写真。
仏壇の写真の横、壁の隙間。そこに、目だけが写っていた。
妻は叫ばなかった。ただ、カメラを手に、その隙間をじっと見つめた。
隙間は塞がっていた。壁紙の継ぎ目だ。
妻はカメラを手に取ったまま、その場から動かなかった。
その日から、妻はカメラを使っていない。
「ピントが合わない」と言う。
でも電源を入れると、オートフォーカスが必ず壁の隅を向く。
妻はカメラを押し入れに戻したまま、開けようとしない。