スマートドアベルの怪異

知人の男性、Tが話していた。彼は大阪・梅田の近くで一人暮らしをしている。二十九歳、Web企業のエンジニアだ。

「先週、スマートドアベルのアプリを見ていたら、信じられないものを見た」

Tがそう言い出したのは、ある月曜日の昼だった。彼は前日の夜、終電を逃して友人の家に泊まっていた。朝、友人のスマホで自分のドアベルのアプリを開いてみた。

「一週間分の動体検知履歴が、まとめて送られてくる機能があるんだ」

画面に並んだサムネイル。エレベーターから人が来るもの、配達人が来るもの、たまに猫が通るもの。普通だ。

でも、三番目のサムネイルが、Tの背筋を凍らせた。

サムネイルには、寝室の映像が写っていた。

「これ、おかしくない? 僕、寝室にカメラなんて置いてない」

Tは息を呑んだ。サムネイルの日時は、前日の深夜二時十四分。撮影場所は、彼の寝室。

「アプリのログを確認したら、スマートドアベルのカメラが、寝室の映像を撮っていた。だって、ドアベルのカメラが寝室に映るわけないだろ」

Tは指を震わせながら、サムネイルをタップした。

映像が流れ始めた。

寝室の天井からのアングル。暗い。でも、映像は夜間モードで、薄く照らされている。

Tのベッドが中央にあり、その上に、毛布を被った人間の形がある。

T自身だった。

「寝てるのは僕だ。当然だけど」

映像は進む。三十分ほど経った頃、ベッドのTが、ゆっくりと目を開けた。

そして、寝室のドアの方を見た。

ドアは閉まっている。でも、Tの表情が、変わった。恐怖というより、何かを「知っている」ような、不気味な平静さだ。

Tは毛布を剥がし、ベッドから降りた。

映像には、Tが寝室のドアに近づいていく様子が映る。

ドアのノブに手をかける。ゆっくりと、回す。

ドアが開く。

廊下は暗い。スマートドアベルの録画なので、外の様子は全く見えない。

でも、Tが廊下に出ていくのが分かる。

そして、一歩、二歩、廊下を進んでいく。

映像が、急に暗くなった。

Tが廊下の何かに近づいたのか、カメラの視野から外れたのか。画面は真っ暗だ。

その時だった。

画面の端に、人の影が映った。

Tではない。もっと、背が高い。痩せている。腕が、不自然に長い。

その影が、Tの寝室のドアの前に立った。

そして、手を伸ばした。

ドアのノブに、手をかける。

映像は、そこで途切れていた。

Tは、その映像を何度も見た。

「寝室のドアの向こうに、何かが立っていた。僕が寝てる間に、誰かが部屋の外で待ってた」

Tは大家に言った。

「スマートドアベルのカメラが、寝室まで映るなんて、ありえない」

大家は首を振った。

「あ、もしかして、あなたのスマホが寝室に置いてあって、ドッカー(スマートドアベルのアプリ)が間違って寝室のカメラと認識してるんじゃ?」

Tは思い出した。

彼は、前日に友人の家に泊まる際、スマートドアベルのカメラを一度外して充電していた。その時、代わりに友人から借りた古いWi-Fiカメラを、寝室に置いていたのだ。

「そのカメラ、僕のスマホに接続してあるはず。アプリが、そのカメラを『ドアベルのカメラ』として表示してる」

つまり、Tの寝室に置かれたカメラが、寝ているT自身を撮り、そして、寝室のドアの外に立つ、見知らぬ影を撮っていた。

「でも、それよりもっと怖いことがある」

Tは、その日の夜、寝室のドアを開けた。

廊下は暗い。何もなかった。

でも、ドアのノブに、指一本分の、黒い汚れがついていた。

「僕、指、短いの。こんなに汚れはつかない」

Tは、その夜、友人の家に戻らなかった。

「もう、自分の家のドアの向こうに、何があるか分からない」

彼はそう言って、静かに目を伏せた。