スマートドアベルの動体検知録画に、僕が寝ている姿が映っていた
2026年10月28日
知人の男性、Tが話していた。彼は大阪・梅田の近くで一人暮らしをしている。二十九歳、Web企業のエンジニアだ。
「先週、スマートドアベルのアプリを見ていたら、信じられないものを見た」
Tがそう言い出したのは、ある月曜日の昼だった。彼は前日の夜、終電を逃して友人の家に泊まっていた。朝、友人のスマホで自分のドアベルのアプリを開いてみた。
「一週間分の動体検知履歴が、まとめて送られてくる機能があるんだ」
画面に並んだサムネイル。エレベーターから人が来るもの、配達人が来るもの、たまに猫が通るもの。普通だ。
でも、三番目のサムネイルが、Tの背筋を凍らせた。
サムネイルには、寝室の映像が写っていた。
「これ、おかしくない? 僕、寝室にカメラなんて置いてない」
Tは息を呑んだ。サムネイルの日時は、前日の深夜二時十四分。撮影場所は、彼の寝室。
「アプリのログを確認したら、スマートドアベルのカメラが、寝室の映像を撮っていた。だって、ドアベルのカメラが寝室に映るわけないだろ」
Tは指を震わせながら、サムネイルをタップした。
映像が流れ始めた。
寝室の天井からのアングル。暗い。でも、映像は夜間モードで、薄く照らされている。
Tのベッドが中央にあり、その上に、毛布を被った人間の形がある。
T自身だった。
「寝てるのは僕だ。当然だけど」
映像は進む。三十分ほど経った頃、ベッドのTが、ゆっくりと目を開けた。
そして、寝室のドアの方を見た。
ドアは閉まっている。でも、Tの表情が、変わった。恐怖というより、何かを「知っている」ような、不気味な平静さだ。
Tは毛布を剥がし、ベッドから降りた。
映像には、Tが寝室のドアに近づいていく様子が映る。
ドアのノブに手をかける。ゆっくりと、回す。
ドアが開く。
廊下は暗い。スマートドアベルの録画なので、外の様子は全く見えない。
でも、Tが廊下に出ていくのが分かる。
そして、一歩、二歩、廊下を進んでいく。
映像が、急に暗くなった。
Tが廊下の何かに近づいたのか、カメラの視野から外れたのか。画面は真っ暗だ。
その時だった。
画面の端に、人の影が映った。
Tではない。もっと、背が高い。痩せている。腕が、不自然に長い。
その影が、Tの寝室のドアの前に立った。
そして、手を伸ばした。
ドアのノブに、手をかける。
映像は、そこで途切れていた。
Tは、その映像を何度も見た。
「寝室のドアの向こうに、何かが立っていた。僕が寝てる間に、誰かが部屋の外で待ってた」
Tは大家に言った。
「スマートドアベルのカメラが、寝室まで映るなんて、ありえない」
大家は首を振った。
「あ、もしかして、あなたのスマホが寝室に置いてあって、ドッカー(スマートドアベルのアプリ)が間違って寝室のカメラと認識してるんじゃ?」
Tは思い出した。
彼は、前日に友人の家に泊まる際、スマートドアベルのカメラを一度外して充電していた。その時、代わりに友人から借りた古いWi-Fiカメラを、寝室に置いていたのだ。
「そのカメラ、僕のスマホに接続してあるはず。アプリが、そのカメラを『ドアベルのカメラ』として表示してる」
つまり、Tの寝室に置かれたカメラが、寝ているT自身を撮り、そして、寝室のドアの外に立つ、見知らぬ影を撮っていた。
「でも、それよりもっと怖いことがある」
Tは、その日の夜、寝室のドアを開けた。
廊下は暗い。何もなかった。
でも、ドアのノブに、指一本分の、黒い汚れがついていた。
「僕、指、短いの。こんなに汚れはつかない」
Tは、その夜、友人の家に戻らなかった。
「もう、自分の家のドアの向こうに、何があるか分からない」
彼はそう言って、静かに目を伏せた。