夜勤明けの朝、家を出る直前に「あ、薬切れ」と気づいた。 ドラッグストアまで徒歩五分。24時間営業の店舗だから、いつでもいい。

店舗に着いたのは午前四時十五分。 入り口付近の自動ドアが開く音だけが、静寂を切り裂く。店内はまばらな蛍光灯が白く照らし、棚の商品が整然と並んでいる。深夜特有の、どこか非現実的な静けさ。

「いらっしゃいませ」

レジの店員が言う。若者の声で、疲れた感じだ。 「風邪薬と、市販の胃薬を」 「はい、こちらへ」

レジに商品を乗せる。いつもの光景だ。だが、袋に商品を入れる際、ふと違和感が走った。

袋の底で、何かがカチッと音を立てた。 中身を確認すると、風邪薬、胃薬、それに――小さな鏡。

「あれ、これ入ってません?」 店員は首を傾げ、「いえ、棚から取ったそのままです」と言う。 「確認してみますか」 「いいえ、大丈夫です」

袋を握りしめて出口に向かう。自動ドアが開く音。外は相変わらずの暗闇。

袋の底で、小さな鏡がまたカチッと音を立てた。 ふと、それが気になって中身を取り出した。

鏡に映る自分の顔が、自分ではない。

青白い肌。目だけが大きく開き、瞳孔が完全に黒く広がっている。口元が、自分では作れない角度に歪んでいる。

振り返ろうとしたが、背後には何もいない。 店内の蛍光灯が、かすかにチカチカと点滅した。

次の日、同じ時間に行ってみた。 店員は別の人だった。

「昨日の夜、レジに小さな鏡が置いてあったんですけど」 「ああ、あれですね。新商品の宣伝用です。レジの横に置いてあったのを、間違えて袋に入れてしまったようです」

「でも、あの鏡――」 「あ、でも何かありましたか? 特にお気になさらないでください」

店員の目が、自分を見つめたまま動かない。 その瞳が、少しだけ黒く広がっているのがわかった。

翌週、またその店に行った。 レジの横には、小さな鏡がきれいに並んでいた。 数えてみると、七つ。

客が七人、その鏡を買ったということだ。

鏡に映る自分の顔が、少しずつ変わっていくのがわかった。 もう、自分で作れない表情になっている。