エレベーター

知人が話していたことがある。東京・港区の超高層マンションに住んでいる話だ。

知人は三十二歳、サラリーマン。一年前にこのマンションに引っ越してきた。三十五階建ての建物で、知人は二十三楼に住んでいる。

「エレベーターが二台あって、朝のラッシュはまあまあ混むけど、生活に支障はない」

そう言ってたのが、引っ越して三ヶ月目のことだった。

ある夜、知人は残業で深夜の帰宅になった。エレベーターホールに着いたとき、知人は少し驚いた。

エレベーターの階数表示が、自分の階ではない数字に点灯していたのだ。

「17」

知人は二十三楼に行くつもりでボタンを押した。しかしボタンを押す前に、十七のボタンだけが薄く光っていた。

「あれ? 誰か呼んだっけか」

知人は思い当たらない。エレベーターが来ても、十七階には止まらない。表示だけが一瞬点いて、また消えた。

「まあ、故障かな」

知人は気にせずにエレベーターに乗った。特に違和感もなく、二十三楼まで上がった。

しかし、その次の日からおかしくなった。

毎晩、同じ時間帯。知人がエレベーターホールに出ると、十七のボタンが光っている。

初めのうちは、知人は「十七階の住人が呼んでるのかな」と思った。

しかし、三日目、四日目と続いても、十七階の住人がエレベーターを呼んでいる気配はない。ホールのカメラを見ても、十七階のボタンを押す人影は写っていない。

「おかしいな」

知人はエレベーターのボタンを指で押してみせた。十七のボタンは、押していないのに光っていた。触ると、温かい。

ボタンが、温かかった。

知人は背筋が凍るのを感じた。エレベーターが来たので、無理やり二十三楼に乗った。

その夜、知人はネットで調べてみた。

「エレベーター ボタン 勝手に点灯」

いくつかの記事がヒットした。同じような経験を語る人が、ちらほらいる。

しかし、どれも「結局、機械の故障だった」という結末だった。

知人はほっとした。機械の故障なら修理すればいい。

次の日、知人は管理組合に連絡した。

「エレベーターの十七階のボタンが、勝手に光るんです」

管理組合の担当者は、すぐに点検に来た。

「ああ、あのボタンですか。LEDの回路が古くなって、勝手に点灯することがあるんですよ。修理します」

担当者はそう言って、帰っていった。

しかし、修理後も、十七のボタンは光り続けた。

知人は怖くなった。マンションの住人に聞いてみた。

「十七階の人、エレベーターよく使いますか?」

答えは一つだった。

「十七階、空室ですよ。一年くらい誰も住んでない」

知人は、その夜、エレベーターホールを通りかかった。

十七のボタンが、光っていた。

知人はゆっくりと近づいた。ボタンは、今度も温かかった。

そして、知人は気づいた。

光の強さが、自分に合わせて変わっていることを。

近づけば、明るくなる。遠ざかれば、暗くなる。

知人は走って部屋に戻った。ドアを閉めて、鍵をかけた。

その夜、知人はエレベーターに乗らなかった。階段で二十三楼まで上がった。

次の日、知人は管理組合に電話した。

「十七階のボタン、直してください」

担当者がまた来た。しかし、担当者が帰った後、十七のボタンは光り続けた。

知人は、あることに気づいた。

十七階のボタンが光るのは、知人がエレベーターホールに出たときだけではない。

知人が自分の部屋にいるときも、廊下の窓からエレベーターホールが見えるが、その先で、十七のボタンが光っているのだ。

誰もいないのに。

知人は、その夜、エレベーターホールから十七階の方を見た。

エスカレーターホールは暗い。しかし、遠くで、十七のボタンの光が、ゆっくりと点滅していた。

点灯。

消灯。

点灯。

消灯。

まるで、誰かが押したり離したりしているように。

知人は、その日から、エレベーターを使わなくなった。

階段で二十三楼まで上がった。毎日、三階分。

ある日のことだった。知人が階段を上がっているとき、下の階から音が聞こえた。

ボタンの、押される音。

十七のボタンが、押される音。

知人は階段を降りて、エレベーターホールを見た。

十七のボタンが、押されたままになっていた。

そして、エレベーターが来た。

十七階に止まった。

ドアが開いた。

十七階の廊下は、暗かった。

しかし、エレベーターの中から、十七階の部屋のドアが、ゆっくりと開いていくのが見えた。

知人は、エレベーターから逃げた。

次の日、知人は引っ越した。

後で知ったことだが、十七階の部屋は、一年間空室ではなかった。

知人が引っ越した一週間後、十七階の部屋に新しい住人が入ってきた。

その住人が、最初にやったことは、エレベーターの十七階のボタンを押すことだった。