知り合いの話。彼は一軒家ではなく、都内の中古マンションの9階に住んでいる。築三十年くらいの、廊下が少し狭くて壁紙が黄ばんでいるタイプだ。

その日、彼は深夜二時半ごろ、酔っ払って居酒屋から歩いて帰宅していた。都内の住宅街、道すがらにも客はほとんどおらず、ただ彼の足音だけがコンクリートの路地に響いている。

マンションのドアを開け、靴を脱いで、エレベーターで9階へ上がろうとした。エレベーターのボタンは4つしかない。1階、4階、7階、9階。9階のボタンを押して、扉が閉まるのを待った。

エレベーターが動き出した瞬間、彼の横にある4階のボタンが、ぴかりと点灯した。

「あ、4階の人か」と彼は思った。深夜二時半に4階へ行く人などそうそういないが、夜更かししている人もいる。そう考え、特に気にせずそのまま9階を待った。

エレベーターが止まったとき、扉が開くと、廊下には誰もいなかった。4階の階数表示が、ふつうに点灯しているだけだ。

「……まあ、いいか」と彼は思い、エレベーターから出た。

次の日の夜も、その次の日も、彼は特に何もなかった。三日目、また深夜に帰宅してエレベーターに乗った。ボタンを押す。9階。扉が閉まる。

また点灯した。4階のボタンが、ぴかりと。

彼は少し背筋が伸びた。今度は待たなかった。9階のボタンを押したまま、4階の扉が開く瞬間をじっと見た。

扉が開く。廊下は暗くて静かだ。誰もいない。

エレベーターの床の、4階ボタンの下にある小さな表示板に、数字が浮かび上がっていた。

「04」

ふつうのマンションのエレベーターに、階数を表示する小さな板など付いていない。彼がそう思ったのは、その瞬間だった。

「自分が住んでいるマンションに、そんなものは付いていない」と。

その夜、彼は7階のボタンも押してみた。点灯しない。4階だけが、ぴかりと、ぴかりと、繰り返し点滅を続けていた。

次の日から、彼はエレベーターを使わなくなった。階段だ。9階まで。

ある夜、階段を上がっているときに、ふと思った。

「4階って、自分の住んでる階の真下だ」

エレベーターのボタンが点灯するのは、彼が4階へ行こうとしているときだけではない。彼が4階の存在を「意識した瞬間」に、ボタンが点灯するのだと。

そして、そのボタンが点灯するのは、彼が4階のドアを開けたことがないという事実を、彼自身が忘れていた瞬間に、限って起きるのだ。

彼が4階のドアを開けたことがないのは、彼が4階に住んだことがないからだった。

しかし、彼が子供の頃に、母親と一週間だけ4階の部屋に滞在したことがあった。それは、彼が「忘れている」のではなく、母親が「消去した」記憶だった。

4階の部屋には、彼の小さな靴が、まだ置いてある。