深夜のエレベーター、階数表示が5階になった

知人が話していた。2024年の冬のことだ。

知人は港区のビルで、深夜の残業をよくしていた。ビルは地上二十階、地下二階のオフィスビルだ。知人の部署は十五階。終電が午前二時だから、毎日エレベーターで地下二階の駐車場まで降りていた。

エレベーターは夜中の十一時を過ぎると、一台だけになる。もう一台は保守モードに入る。知人は一人乗りを慣用していた。

十一月のある金曜日のことだ。知人は十九時頃から残業を始めて、気づいたら午前零時半を回していた。パソコンの画面が暗い部屋に青白く光っている。窓の外は完全に暗く、他の階の窓はすべて消えている。

「あとちょっとだ」と、知人はデータをUSBにコピーした。エレベーターホールへ歩いた。

ホールの照明は薄暗い。床に反射する蛍光灯の光が、妙に広く伸びている。エレベーターの呼びボタンを押すと、下からゆっくりと上がってくる音。

「カタン、カタン、カタン」

階数表示が十五、十六、十七と点灯していく。知人は安堵した。十五階から地下二階まで、十三階降りればよい。

エレベーターの扉が開く。中にはすでに人がいた。

知人は振り返って見た。エレベーターの隅に、一人の男性が立っていた。スーツ姿で、顔は暗くてよく見えない。背が低く、肩がすくんでいる。

「え、すみません」と知人は言った。男性は返事もしなかった。ただ、知人の方を向いたまま、動かない。

知人は背中の毛穴が立つのを感じて、エレベーターに入った。ボタンで「B2」を押した。扉が閉まる瞬間、男性が小さく息を吐く音が聞こえた。湿った音。

エレベーターが動き出した。階数表示が十六、十七、十八……知人は画面を見ながら、数を数えた。十九、二十。屋上だ。

「え?」

知人は画面から目を上げて、階数表示を見た。

5F

と、表示されている。

知人はハッとした。十五階から降りているはずなのに、なぜか五階目に表示されている。おかしい。エレベーターは下りている。なのに五階。

知人は慌てて階数表示の近くを見てみた。ボタンパネルに「5F」のボタンがない。ビルには五階なんてない。五階は駐車場だ。B1、B2しかない。

なのに、表示は5F。

「B2、B2を押したはずだ」と知人は見た。ボタンパネルのB2のランプは点灯している。なのにエレベーターは上行き続けている。

十六、十七、十八、十九、二十。

また屋上だ。

知人は息を詰まらせながら、階数表示を見た。

5F

また5Fだ。

エレベーターが止まる。扉が開く。

開いた先は、暗い廊下だった。蛍光灯が一つ、チカチカと点滅している。床には水たまりが一つある。反射する光が、知人の足元を照らしている。

知人は、その水たまりに自分の顔が映っているのを見た。

でも、エレベーターの中にいるのは知人だけだ。

男性はもういない。

知人は慌ててボタンを押した。エレベーターが動き出した。扉が閉まる瞬間、知人は振り返った。

廊下の奥に、先ほどの男性が立っていた。

知人と目が合った。

男性は、ゆっくりと、首を傾げた。

知人はボタンを連打した。B2、B2、B2。

扉が閉まる。エレベーターが下り始める。

階数表示がB1、B2。

そして、また。

5F

知人は叫びたかった。でも声が出ない。

エレベーターが止まった。扉が開いた。

開いた先は、十五階のオフィスだった。

知人のデスクのパソコンの画面が、まだ青白く光っている。

知人は、自分の背後で、エレベーターの扉が閉まる音を聞いた。

そして、自分のデスクのパソコンの画面に、自分が写っているのを、知人は見た。

画面の中には、知人の後ろに、男性が立っていた。