深夜のエレベーターで、階数表示が5階になった
2026年12月04日
知人が話していた。2024年の冬のことだ。
知人は港区のビルで、深夜の残業をよくしていた。ビルは地上二十階、地下二階のオフィスビルだ。知人の部署は十五階。終電が午前二時だから、毎日エレベーターで地下二階の駐車場まで降りていた。
エレベーターは夜中の十一時を過ぎると、一台だけになる。もう一台は保守モードに入る。知人は一人乗りを慣用していた。
十一月のある金曜日のことだ。知人は十九時頃から残業を始めて、気づいたら午前零時半を回していた。パソコンの画面が暗い部屋に青白く光っている。窓の外は完全に暗く、他の階の窓はすべて消えている。
「あとちょっとだ」と、知人はデータをUSBにコピーした。エレベーターホールへ歩いた。
ホールの照明は薄暗い。床に反射する蛍光灯の光が、妙に広く伸びている。エレベーターの呼びボタンを押すと、下からゆっくりと上がってくる音。
「カタン、カタン、カタン」
階数表示が十五、十六、十七と点灯していく。知人は安堵した。十五階から地下二階まで、十三階降りればよい。
エレベーターの扉が開く。中にはすでに人がいた。
知人は振り返って見た。エレベーターの隅に、一人の男性が立っていた。スーツ姿で、顔は暗くてよく見えない。背が低く、肩がすくんでいる。
「え、すみません」と知人は言った。男性は返事もしなかった。ただ、知人の方を向いたまま、動かない。
知人は背中の毛穴が立つのを感じて、エレベーターに入った。ボタンで「B2」を押した。扉が閉まる瞬間、男性が小さく息を吐く音が聞こえた。湿った音。
エレベーターが動き出した。階数表示が十六、十七、十八……知人は画面を見ながら、数を数えた。十九、二十。屋上だ。
「え?」
知人は画面から目を上げて、階数表示を見た。
5F
と、表示されている。
知人はハッとした。十五階から降りているはずなのに、なぜか五階目に表示されている。おかしい。エレベーターは下りている。なのに五階。
知人は慌てて階数表示の近くを見てみた。ボタンパネルに「5F」のボタンがない。ビルには五階なんてない。五階は駐車場だ。B1、B2しかない。
なのに、表示は5F。
「B2、B2を押したはずだ」と知人は見た。ボタンパネルのB2のランプは点灯している。なのにエレベーターは上行き続けている。
十六、十七、十八、十九、二十。
また屋上だ。
知人は息を詰まらせながら、階数表示を見た。
5F
また5Fだ。
エレベーターが止まる。扉が開く。
開いた先は、暗い廊下だった。蛍光灯が一つ、チカチカと点滅している。床には水たまりが一つある。反射する光が、知人の足元を照らしている。
知人は、その水たまりに自分の顔が映っているのを見た。
でも、エレベーターの中にいるのは知人だけだ。
男性はもういない。
知人は慌ててボタンを押した。エレベーターが動き出した。扉が閉まる瞬間、知人は振り返った。
廊下の奥に、先ほどの男性が立っていた。
知人と目が合った。
男性は、ゆっくりと、首を傾げた。
知人はボタンを連打した。B2、B2、B2。
扉が閉まる。エレベーターが下り始める。
階数表示がB1、B2。
そして、また。
5F
知人は叫びたかった。でも声が出ない。
エレベーターが止まった。扉が開いた。
開いた先は、十五階のオフィスだった。
知人のデスクのパソコンの画面が、まだ青白く光っている。
知人は、自分の背後で、エレベーターの扉が閉まる音を聞いた。
そして、自分のデスクのパソコンの画面に、自分が写っているのを、知人は見た。
画面の中には、知人の後ろに、男性が立っていた。