エレベーターが十一階で止まった
2026年08月14日
実話。僕の友人・Sの話だ。
Sは東京・杉並の築二十年ほどの鉄筋十二階建てマンションの八階に住んでいた。二十代後半のサラリーマン、夜勤の病院の看護職員として働いていた。
そのマンションにはエレベーターが二基ある。朝の通勤時間帯はともかく、深夜帯は一台しか動いていない。もう一台はメンテナンス中で、看板が貼ってあった。
ある日の話。Sは夜勤明け、午前四時頃、仕事から自転車で帰宅していた。マンションのエントランスに入ると、駐車場から帰ってきた住民が一人、エレベーターを待っていた。
その住民はSの顔を見ても、何も言わず、ただ「八階?」と尋ねた。Sは「うん」と返事し、ボタンを押した。
エレベーターは順調に上がっていった。七階、六階、五階……そして四階で止まった。
ドアが開くと、廊下は完全に暗かった。Sは「四階は停電してるの?」と思いながら、エレベーターを降りようとした瞬間、廊下の奥から足音が聞こえた。
ドスン、ドスン、ドスン。
重い靴を履いた人が、ゆっくりと近づいてくる音だった。Sは足音を聞きながら、エレベーターのボタンを連打した。
ドアが閉まり、エレベーターが動き出した時、Sはふと気づいた。
エレベーターの階数表示が、三階、二階、一階と下がっていくはずなのに、表示は逆だった。
三階、四階、五階……そして十一階。
十二階建てのマンションに十一階はない。Sのマンションには八階までしかない。
「え?」
Sはボタンを確認した。確かに「八」を押した。なのに表示は十一階と出ている。
エレベーターが止まった。ドアが開いた。
そこには、Sの住んでいる八階の廊下が広がっていた。
「おかしいな……」
Sは思い込みだったのだろうと思い、エレベーターから出た。廊下の照明は点いていた。いつもと変わらない。
部屋に入ろうとした時、Sはふと振り返った。
エレベーターの扉が閉まる瞬間、中の住民がSを見ていた。その住民は、Sがエレベーターから出た後、再びボタンを押した。
階数表示が、八階から九階、十階、十一階と上がっていく。
そして、十一階のボタンが、自分から押されたように光った。
Sは翌日、管理会社に電話した。
「十一階ってあるんですか?」
管理会社の担当者はいきなり笑った。
「十一階なんてありませんよ。このマンション、八階建てですから」
Sは背筋が凍るのを感じた。
八階建て。
Sは過去に「十二階建てのマンション」に住んでいると思い込んでいた。
しかし、Sが住んでいたのは、八階建てのマンションの八階だった。
エレベーターが十一階で止まったのは、Sが住んでいるフロアよりも「三階上」だった。
そして、その住民はSを見ていた。
Sは今でもその住民が誰だったのか知らない。
ただ一つだけ確かなことがある。
Sが八階の廊下を歩いている時、エレベーターの中から、Sを見つめる目があったということ。