一人暮らしの冷蔵庫、中身が勝手に減っていた
2026年09月07日
実話。僕の知人の話だ。
彼は東京・世田谷のワンルームマンション、築十五年の鉄筋二階建ての三階に住んでいた。二十代後半、社会人三年目。残業が多く、深夜に帰宅することも少なくなかった。
「最初はただのゴミだと思った」
彼がそう振り返る。
引っ越して二ヶ月目のある日、冷蔵庫を開けたら、昨日買ったはずの牛乳が空になっていた。彼は「飲み忘れたかな」と思い、新しい牛乳を買った。
次の週、また空になっていた。
「もしかして、自分が無意識に飲んでるのかも」
そう自分に言い聞かせた。一人暮らしだから、記憶が曖昧になることもある。
しかし、次は卵だった。パックに入っていた卵が、三個減っていた。
「ありえない」
彼は冷蔵庫を点検した。蓋は閉まっている。鍵も掛かっていないが、自分で閉めた以上、誰かが開けたわけがない。
「誰か入ってる」
そう思った。でも、部屋の中を調べた。クローゼットにもベッドの下にも誰もいなかった。
「風で蓋が開いたのかな」
そう信じたかった。
しかし、現象はエスカレートした。
買ったばかりの惣菜が、半分に減っている。コンビニで買ったパンが、一口咬まれた状態で冷蔵庫に入っていた。咬み跡は、彼のものではない。
「誰かが毎日、冷蔵庫を開けて、中身を取って食べている」
彼はその夜、冷蔵庫の前に座り込んだ。深夜二時。部屋は暗く、冷蔵庫のランプだけが青く光っている。
三時を回った頃、冷蔵庫の中から音がした。
「カチッ」
蓋が開く音。
彼は見えた。冷蔵庫の扉が、ゆっくりと、開いていくのを。
中から冷たい風が吹き出した。その風は、部屋全体の温度を下げるほど冷たかった。
そして、彼が見たもの——
冷蔵庫の棚に、手が伸びていた。
手の正体はわからない。影のような、煙のような、何かが手をかたどっている。その手が、棚の上にあった惣菜のパックを、ゆっくりと取り出した。
彼は何も言えなかった。声が出ない。身体が動かない。
パックが冷蔵庫の中から取り出され、彼の目の前、床に置かれた。
パックは開いていた。中身が、減っている。
そして、手が戻っていった。冷蔵庫の中に。
扉が閉まった。
「カチッ」
静かになった。
彼は翌朝、パックを確認した。中身は完全に空になっていた。でも、パックの周りには一滴もこぼれていなかった。
「誰かが、全部食べた」
彼は引っ越した。次のアパートでは、冷蔵庫を新しくした。
でも、新しい冷蔵庫でも、同じことが起きた。
「最初は、ただのガス漏れだと思った」
彼が最後に言った。
「でも、ガス漏れが、卵を減らすわけがない」
彼は今、実家に戻って暮らしている。
「一人暮らしは、もう無理だ」
冷蔵庫のランプが、青く光っている。
夜中、いつだって。