空き家の押入れ

祖母が亡くなってから、地方の実家は八年空き家になっている。

父が片付けると言っていましたが、いつも「また今度」で先送り。僕も東京で仕事をしていて、帰省するのは年に二、三回。家自体はちゃんと管理費は払っていて、電気も水道も止めていません。大家さんみたいなもので、親が所有する「放置物件」です。

去年の秋、父がようやく片付けに来ると言って、週末にやってきました。二階の寝室、一階の居間、台所——。僕も合流して、三日がかりで荷物を箱に詰めて、不用品回収に出しました。

残ったのは、一階の客間と、押入れ二つだけ。

「押入れはまた今度でいいや。まずはこれでよし」と父。

僕もそれに賛成でした。実家の押入れといえば、祖母が昔、布団や着物を仕舞っていた場所。中身はもう全部片付いたはず——そう思っていた。

片付けが終わって、父は帰っていきました。僕も東京に戻り、平日は仕事、週末にまた実家へ通う生活が始まりました。

二週目の週末、何か違和感がありました。

朝、六時に起きたとき、外はまだ暗い。でも、ふと耳を澄ますと、家の中から音が聞こえているのです。

「コトコト、コトコト」

味噌汁を煮ている音。

僕は目を覚ましました。キッチンには誰もいません。コンロは冷たい。引き出しも全部開けて確認しました。鍋も包丁も、何も使われていません。

「父がまだいるのか?」

電話をかけると、父はすでに東京のホテルにいました。

「いや、俺はもう帰ったぞ。お前は昨夜泊まっただろ?」

「でも、今、家の中から味噌汁を煮ている音が——」

「……たまたまだろ。ネズミか猫が何か引っぱってるだけじゃねえか」

僕はそう信じたくなりました。

しかし、その次の朝も、その次の朝も、同じ音が聞こえました。

毎朝、五時四十五分頃。

「コトコト、コトコト」

正確すぎる。祖母が昔、朝ごとに味噌汁を煮ていた時間と全く同じです。

僕は夜通し、家にいることにしました。暗いキッチンでスマホのライトだけをつけて、待っていました。

五時四十分。

静かだ。

五時四十五分。

まだだ。

五時五十分——。

「コトコト、コトコト」

聞こえた。

押入れの方から、はっきりと。

僕は息を殺して、押入れの前まで歩きました。襖は閉まっています。祖母が亡くなる前、この押入れの奥に大きな仏壇があったことを、思い出しました。片付けたはずだ——でも、もしかして、何か見落としていたのか。

襖を引こうと手をかけた瞬間、音が止まりました。

完全な、無音。

そのあと、襖の隙間から、ほんのりとした味噌の香りが漏れてきました。

僕は襖を全部開けました。

押入れの中は暗くて、埃っぽい。奥の隅に、祖母の仏壇が小さく残っていました。その前にお線香立てがあり、線香の灰が、まだ温かかった。

誰もいません。

でも、仏壇の前にお椀が一つ、置かれていたのです。

中には、まだ温かい味噌汁が入っていました。

僕はその晩、実家を後にしました。それから、二度と戻っていません。

父に電話して話したら、父は黙って、こう言いました。

「……お祖母さんは、いつも朝、味噌を煮ていたんだ。お前が小さいとき、毎朝『ごめんね、お味噌汁ないからパンだけにするね』って、泣いてたのを覚えてる。お前が学校に行くまで、ずっと煮てたんだよ」

父はその後、押入れの仏壇を撤去したそうです。

でも、僕は知っています。

押入れの襖の隙間から、今も微かに、味噌の香りが漏れていることを。

そして、朝ごとに、コトコト、コトコト、音が鳴っていることを。