隣が更地なのに、毎日夜中2時に足音がする
2026年08月20日
実家の隣が更地になってから、僕は毎日決まった時間に目を覚ますようになった。
正確には夜中2時。目覚ましもないのに、なぜかその時刻に目が覚める。最初は睡眠不足が原因だと思っていたが、ある日、ふと気づいた。
目が覚める直前に、足音が止まるのだ。
引っ越してきたのは去年の秋。都心から30分ほど離れた、新興団地の一軒家だ。家賃も手頃で、庭付きの物件は初めてだった。
隣家は以前から空き家だった。大家さんに聞くと、「前の住人が突然引っ越して、ずっと売りに出しているところ」とのこと。草も生えていないが、更地にもなっていない。コンクリートの基礎だけが残っていて、その上にブルーシートが張ってある状態だった。
最初は静かだと喜んでいた。道路から5mほど離れているので、車の音もほとんど聞こえない。
しかし、引っ越して2週間目のある夜、初めて違和感を覚えた。
夜中2時頃、決まって目が覚める。部屋の中は暗く、窓の外は月明かりでかすかに照らされている。静かだ。……いや、静かだからこそ気づいた。
足音が、隣から聞こえるのだ。
コンクリートの基礎の上を、誰かが歩いている。
ドシン。ドシン。ドシン。
重たい靴を履いた人が、一定のリズムで歩いている。まるで敷地内を巡回でもしているようだ。
「隣が更地なのに、なんで……」
そう思いながら、僕は布団から足を伸ばして、窓際に歩いた。カーテンを少しだけ開けて外を見た。
月明かりの中、隣の家が見えた。ブルーシートの向こう側。
誰もいない。
しかし足音は止まらない。ドシン。ドシン。ドシン。
30秒ほど続いた頃、ふと音が止まった。そして、僕が窓の外を見ていることに気づいたように、音がこちら側へ移動し始めた。
ドシン。ドシン。ドシン。
僕の家の敷地内に入ってくる。
僕はカーテンを閉めて、布団をかぶった。心臓がバクバクする。
「ただの動物だろう。野良猫か……」
そう自分に言い聞かせて、また眠った。
翌日から、僕は隣を詳しく調べるようになった。
まず、大家さん。
「あそこですか? そうですね……確かに工事の音が聞こえるという話は聞きませんね。でも、大家さんが直接管理しているわけでもないので、詳しくはわかりません」
次に、近所の人々。
「更地? ああ、あるあるよ。うちは向かい側だけど、夜中によく音がするよ。猫か犬か、あるいはただの風かもしれんけど」
しかし彼らは皆、「大丈夫だろう」という態度だった。
でも、僕は知っていた。
野良猫が、コンクリートの上を一定のリズムで歩くことなどあり得ないということを。
その日から、僕は毎日夜中2時に目が覚める。
足音は毎日聞こえる。ときには30秒、ときには1時間。ある日は僕の家の中まで入ってくるような音がした。
そして、ある日のこと。
夜中2時。目が覚める。足音が聞こえる。
いつものことなので、僕はもう怖くなかった。むしろ、もっと音を聞いてみたいという好奇心が湧いてきた。
僕は寝ていて、スマホの録音アプリを起動した。音量を最大にして、枕元に置いた。
その夜、録音された音は、僕が想像していたものとは全く違った。
足音ではなかった。
笑い声だった。
何者かが、誰かを笑っている。
低い声で、何度も何度も。
録音を止めて、僕は窓の外を見た。
隣の家。ブルーシートの端がめくれていて、その向こう側が月明かりに照らされていた。
基礎の上に、誰かの足跡が並んでいた。
僕の家の方へ向かって。
その日以来、僕は夜中2時に目が覚めなくなった。
代わりに、夜中1時55分に目が覚めるようになった。
足音が聞こえる前に、何かが僕に教えてくれる。
「もうすぐ来る」と。