エントランスの防犯カメラに、誰も映らなくなった
2026年08月25日
知人が話していた。2021年の夏のことだ。
東京・板橋区の、築十五年ほどのマンションに住む、三十代の男性の話。彼は二階の角部屋に住んでいた。一階にエントランスがあり、インターホンと防犯カメラのモニターがついている。
エントランスには、壁に埋め込まれた四分割のモニターがある。四カ所のカメラからの映像が、グリーンの夜間モードで表示されている。一つは玄関ドア、一つは駐車場、一つは階段、一つは裏口。
毎晩、寝る前に確認するのが日課だった。
「今日は誰もいなかったな」
そう思いながら、インターホンのチャイムが鳴っていないか確認して、ベッドに戻る。当たり前の日常だった。
それが、七月のある夜から変わった。
知人はいつものようにエントランスのモニターを確認していた。四つの画面、すべてグリーンの夜間モード。
玄関のドア。駐車場。階段。裏口。
すべて、何の変哲もない映像だ。
知人はインターホンが鳴っていないことを確認し、そのまま部屋に戻ろうとした。その時、ふと気づいた。
階段のカメラの映像に、自分が映っていない。
知人はエントランスの扉を開けたままだった。階段のカメラは、エントランスの扉から階段へと向かうアングルになっている。当然、扉を開けた知人の姿が映るはずだ。
なのに、映っていない。
知人は振り返った。背後のエントランスの扉は、もちろん開いたまま。廊下には自分の影が伸びている。
モニターに戻って確認する。階段の画面には、誰もいない。
「……は?」
知人は首をかしげ、もう一度扉の外を見た。廊下の照明はついている。自分の影は壁に落ちている。
モニターに戻ると、階段の画面は相変わらず空だ。
知人は不思議に思い、他の三つの画面を確認した。玄関のドア。駐車場。裏口。
すべて正常に映っている。
階段だけ、おかしい。
知人は階段のカメラが壊れたのかと思い、マンションの管理会社に電話をした。次の日、管理会社の人が来て確認してくれることになった。
その夜、知人はまたエントランスのモニターを確認した。
四つの画面。
玄関のドア。駐車場。裏口。
そして、階段。
階段の画面に、知人が映っていた。
「ほっ……」
知人はほっとした。カメラが壊れていたのか、一時的な不具合だったのだろう。
知人が部屋に戻ろうとしたその時だ。
階段の画面に、もう一人の影が映った。
知人は振り返った。背後には誰もいない。
モニターに戻ると、階段の画面には、知人の影が二人、重なって映っている。
知人は息を呑んだ。
階段のカメラに、知人が二人映っている。
知人はエントランスの扉を閉め、部屋に戻った。その夜、知人は眠れなかった。
次の日、管理会社の人が来てカメラを確認した。
「カメラは正常ですよ。問題ないと思います」
知人は管理会社の人の言葉に、少し安心した。
しかし、その夜から、また変わった。
階段のカメラに、知人が映らなくなった。
知人がエントランスに立っても、階段のカメラには映らない。知人が部屋に戻ろうとしても、映らない。
知人はエントランスに立ち尽くし、モニターを見つめ続けた。
知人がいるのに、映らない。
知人は、その日以来、エントランスのモニターを見るのが怖くなった。
知人は、今でも階段のカメラに、何が映っているのか、確認することができない。
知人は、今でも、エントランスの扉を開けるたびに、階段のカメラに自分が映っているのか、確認してしまう。
映っていなかったら、どうすればいいのかわからない。