父の食卓

父の葬儀から一週間後。

福島県の地方都市、実家で一人暮らしを始めた。父が心筋梗塞で倒れてから、葬儀までがとにかく早かった。四十九日までは実家で一人で暮らしたいという母の希望で、東京からUターンしてきた。

一軒家。平屋。築三十年ほど。

父が亡くなった部屋はそのまま放置してある。父の遺品整理は、母が四十九日が終わった後でやる予定だった。

最初の一週間は、葬儀の準備で忙しかった。近所の人たちが声をかけてくれる。父は地元の町内会でよく顔を出していた人だった。

「お父さん、本当に残念だったな」

そう言う人たちの目が、なぜか少し違う。怖いくらいに、父の顔をよく見ている。

二週目の月曜日。

朝、起きたら不思議なことに気づいた。

キッチンに、朝ごはんが並んでいた。

白米。味噌汁。焼き魚。卵焼き。

全部、父が作っていたメニューにそっくりだ。

「母かな」

そう思って電話したら、母は「私は東京にいるわよ。朝ごはんなんて作れないわ」と言う。

実家には私しかいない。

三週目の水曜日。

また朝ごはんが並んでいた。

今回は、卵焼きが少し焦げていた。父が作っていた卵焼きの焦げ方と同じだ。

「誰かが入ってきている」

そう思って、大家さんに相談した。大家さんは「そりゃあ、お父さんが守ってくれているんですよ」と言いながら、なぜか笑っていた。

その笑いが、気持ち悪かった。

四週目の日曜日。

朝、起きたらキッチンに、父の座っていた席に、父の食器が並んでいた。

父が使っていた茶碗。縁に小さな欠けがある。

その茶碗には、ご飯が盛ってあった。

そして、父が使っていた箸が、父の席に置かれていた。

箸の先は、父が好んでいた方向を向いていた。

私は、その朝ごはんを前に、箸を持てなかった。

父は、死んだ日に、心筋梗塞で倒れた。救急車で運ばれたが、既に手遅れだった。

父が、朝ごはんを作ることができるはずがない。

でも、毎朝、朝ごはんが並んでいた。

そして、ある朝、気づいた。

父の席の、味噌汁の湯気が、まだ上がっていたということに。

朝、起きたら、すぐに気づくはずだ。

でも、私は気づかなかった。

気づいて、キッチンに行ったら、すでに並んでいた。

誰かが、父の席に、朝ごはんを並べている。

父の食器が、父の席に並んでいる。

そして、父の箸が、父が好んでいた方向を向いている。

私は、その朝ごはんを前に、箸を持てなかった。

そして、その日から、朝ごはんは並ばなくなった。

代わりに、父の席に、黒い猫が座っていた。

猫は、父の食器を、じっと見つめていた。

猫は、父の食器を、食べることもなく、ただ見つめていた。

その日から、実家を出た。

今でも、毎朝、朝ごはんを作る父の姿が浮かぶ。

父は、もういない。

でも、父の食器は、まだ温かい。