父の葬儀の夜、朝ごはんが食べられていた
2026年08月19日
父の葬儀から一週間後。
福島県の地方都市、実家で一人暮らしを始めた。父が心筋梗塞で倒れてから、葬儀までがとにかく早かった。四十九日までは実家で一人で暮らしたいという母の希望で、東京からUターンしてきた。
一軒家。平屋。築三十年ほど。
父が亡くなった部屋はそのまま放置してある。父の遺品整理は、母が四十九日が終わった後でやる予定だった。
最初の一週間は、葬儀の準備で忙しかった。近所の人たちが声をかけてくれる。父は地元の町内会でよく顔を出していた人だった。
「お父さん、本当に残念だったな」
そう言う人たちの目が、なぜか少し違う。怖いくらいに、父の顔をよく見ている。
二週目の月曜日。
朝、起きたら不思議なことに気づいた。
キッチンに、朝ごはんが並んでいた。
白米。味噌汁。焼き魚。卵焼き。
全部、父が作っていたメニューにそっくりだ。
「母かな」
そう思って電話したら、母は「私は東京にいるわよ。朝ごはんなんて作れないわ」と言う。
実家には私しかいない。
三週目の水曜日。
また朝ごはんが並んでいた。
今回は、卵焼きが少し焦げていた。父が作っていた卵焼きの焦げ方と同じだ。
「誰かが入ってきている」
そう思って、大家さんに相談した。大家さんは「そりゃあ、お父さんが守ってくれているんですよ」と言いながら、なぜか笑っていた。
その笑いが、気持ち悪かった。
四週目の日曜日。
朝、起きたらキッチンに、父の座っていた席に、父の食器が並んでいた。
父が使っていた茶碗。縁に小さな欠けがある。
その茶碗には、ご飯が盛ってあった。
そして、父が使っていた箸が、父の席に置かれていた。
箸の先は、父が好んでいた方向を向いていた。
私は、その朝ごはんを前に、箸を持てなかった。
父は、死んだ日に、心筋梗塞で倒れた。救急車で運ばれたが、既に手遅れだった。
父が、朝ごはんを作ることができるはずがない。
でも、毎朝、朝ごはんが並んでいた。
そして、ある朝、気づいた。
父の席の、味噌汁の湯気が、まだ上がっていたということに。
朝、起きたら、すぐに気づくはずだ。
でも、私は気づかなかった。
気づいて、キッチンに行ったら、すでに並んでいた。
誰かが、父の席に、朝ごはんを並べている。
父の食器が、父の席に並んでいる。
そして、父の箸が、父が好んでいた方向を向いている。
私は、その朝ごはんを前に、箸を持てなかった。
そして、その日から、朝ごはんは並ばなくなった。
代わりに、父の席に、黒い猫が座っていた。
猫は、父の食器を、じっと見つめていた。
猫は、父の食器を、食べることもなく、ただ見つめていた。
その日から、実家を出た。
今でも、毎朝、朝ごはんを作る父の姿が浮かぶ。
父は、もういない。
でも、父の食器は、まだ温かい。