実話。知人の話だが、僕が直接その団地に行ったことがあるから、嘘じゃないことは確かだ。

知人の田中(仮名)は三十五歳、東京・西側の団地に入居して二年目だった。八階建ての四号館、四階の角部屋。築三十年だが、大規模修繕で外壁は新しくなっていた。

問題は、四号館の非常階段だった。

入居して一月目のある夜、午前二時頃。田中はトイレに戻ろうとして階下の水飲み場で水を飲んでいた。その時、非常階段から「ドス、ドス、ドス」という足音が聞こえた。

重たい靴を履いた人が、ゆっくりと上りてくる音だ。

田中は思った。「深夜に誰かいるんだな」くらいに。団地だから不審者もいるかもしれない。でも、自分の部屋は四階。上ってくるのが六階か七階なら関係ない。

音がだんだん近づいてきた。五階の踊り場を過ぎ、六階の踊り場を過ぎ——

そして、七階の踊り場で止まった。

田中は息を止めて耳を澄ました。足音はそこで止まり、その後、下りていく音は聞こえなかった。ただの酔っ払いかもしれない。忘れた。

だが、その夜から毎晩、同じ時間に足音が聞こえるようになった。

午前二時頃。非常階段から上ってくる足音。五階、六階、七階——そして止まる。

田中は大家に連絡した。大家は「防犯カメラをつけてみる」と言ったが、非常階段にカメラをつけるのは難しいと、それっきりになった。

田中は警察に通報した。警察は「足音だけで事件にはならない」と言った。

ある夜、田中は我慢できなくなった。足音が七階で止まるので、七階の住人に会ってみようと、田中自身が非常階段を上っていった。

ドス、ドス、ドス。

足音が聞こえる。田中は息を殺しながら上る。七階の踊り場に着いた。廊下は暗い。非常口のランプがわずかに点いている。

誰もいなかった。

だが、床に水滴が落ちている。水滴は、非常階段の方から七階の住戸の方向へ続いていた。

田中は七階の住戸を一つ一つ確認した。角部屋を除いて、すべて鍵がかかっている。空き室だ。

水滴は、一番奥の住戸の前で消えていた。

田中がその住戸のインターホンを押した。反応はない。だが、インターホンのボタンが、押された後だった。

田中が部屋に戻って確認すると、自分の部屋のドアのノブが、わずかに回っていた。

施錠していたはずだ。

それ以来、田中は団地を抜けたが、引越しの費用を浮かすために、まだ借りている。

先日、その団地に行ったら、四号館の非常階段のドアに、新しい鍵がかかっていた。

「四号館の非常階段は封鎖しました」という貼り紙が、貼ってあった。

田中は最後に、七階の住戸のドアの下から、水滴が滲み出ているのを見たという。

その住戸は、入居者などいなかった。

七階の踊り場に立つ、かすかな影