フォロワー
2026年03月20日
承認したのは、ちょっとした気まぐれだった。
去年の十一月のある夜、SNSに見知らぬアカウントからフォローリクエストが届いた。
プロフィール写真は夕暮れの空。自己紹介欄には「写真と散歩が好きです」とだけ書かれていた。投稿はゼロ。フォロワーも、フォロー中も、ゼロ。
スパムには見えなかった。
承認ボタンを押して、そのまま忘れた。
見知らぬアカウントからの、最初の接触だった
数日後、DMが届いた。
「昨日の写真、素敵でしたね。あのカフェ、よく行くんですか?」
昨日投稿したのは、渋谷で飲んだコーヒーの写真だ。カップのアップショットで、店の名前もロゴも映っていなかった。「行きつけ」というのは当たっていた。でも、投稿からは分からないはずだ。
「たまに、ですね。落ち着くんですよ」
「分かります。ああいう雰囲気の店、好きです」
会話は自然で、相手は感じのいい人に見えた。写真の話、散歩のルートの話、好きな街の話。共通点が多かった。やり取りは週に何度か続くようになった。
最初に気づいたのは、一ヶ月ほど経った頃だ。
「昨日、乗る電車、間違えませんでしたか?」
昨日、確かに乗り過ごした。ぼんやりしていて、気づいたら隣の駅にいた。でも、そんなことはSNSに書いていない。
「……なんで知ってるんですか?」
少し間があった。
「あ、違います。なんとなく、そういう日ってありますよね、って言いたかっただけです。ごめんなさい、変な言い方で」
笑って流した。でも、胸の奥にわずかな引っかかりが残った。
次におかしいと思ったのは、その翌週のことだ。
「今日、コンビニで何か落としませんでしたか?」
私はその日、小銭入れから十円玉を落としていた。帰り道に立ち寄ったコンビニで。誰にも話していない。写真も撮っていない。SNSにも一切書いていない。
「なんで——」
「あ、ちょっと似た経験をしたもので。気になっちゃって。違ったらすみません」
また、笑って流された。
私も笑って返信した。
でも、画面から目が離せなかった。
この人は、私を見ている。
確信したのは、その三日後だった。
「今日の夕飯、カレーでしたね」
カーテンを閉めた部屋で、一人で作って食べた。写真は撮っていない。誰にも言っていない。鍋を洗ってすぐ、ソファに転がっていただけだ。
画面を凝視した。
どうすれば、この人は知ることができるのか。
答えが出なかった。
あの窓のそばを、何度通り過ぎていたのだろう
返信せずに、ブロックした。
アカウントはすぐに消えた。それでいい、そう思った。
念のため、SNSのアカウントも非公開に設定した。投稿もすべて削除した。スマホを机に伏せて、深呼吸をした。
終わった。
そう信じようとした。
でも、ベッドに入って電気を消した瞬間、ふと思った。
私は一度も、自分の住所を教えていない。
名前も、顔写真も出していない。アカウント名はニックネームだ。
それなのに、どうやってカーテンを閉めた部屋の夕飯を知ることができるのか。
どうやって、コンビニで落とした十円玉を知ることができるのか。
答えはひとつしかない。
直接、見ていた。
玄関の外で、かすかな物音がした。
ドアの下の光が、ゆっくりと揺れていた
私はそのまま、動けなかった。
スマホを手に取ったが、誰に電話すればいいのか、頭が真っ白になった。
物音は、しばらくして消えた。
翌朝、玄関ドアのノブに、小さな傷がついていた。
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