朝のゴミ捨て

知人の女性、Mが話していた。彼女は都内某所の築二十年ほどのマンションの五階に住んでいる。一人暮らしになって二年目。会社員で、朝は七時に出社するタイプの人間だ。

「朝、ゴミ出しをするんだけど、最近おかしいんです」

彼女がそう言い出したのは、ある火曜日の朝だった。火曜日は燃えないゴミの日。彼女はいつものように玄関のゴミ箱に袋を置き、紐を結んで持ち出そうとした。

その瞬間、ふと気づいた。

袋が、妙に重いのだ。

「あー、昨日の生ゴミが多いのかな」

そう思い、もう一度持ち直した。それでも重さは変わらない。むしろ、先ほどよりも重くなっているような気がする。

「もしかして、袋が破れて中身が漏れた?」

彼女は袋の底を覗き込んだ。底はしっかり閉まっている。紐もほどけていない。

そして、その時だった。

袋の内部から、カサカサという音が聞こえた。

まるで、何かが生きているように。

「はっ?」

彼女は振り返った。廊下には誰もいない。防犯カメラの赤いLEDだけが、点滅している。

「たまたま、中の物が動いただけだろう」

そう自分に言い聞かせ、ゴミ捨て場に持っていくことにした。エレベーターに乗って一階へ降りる。エレベーターの扉が開くと、ゴミ捨て場の自動ドアがゆっくりと開く。

中は薄暗い。換気扇の音がうるさく、生ゴミの匂いが立ち込める。

彼女は袋をゴミ捨て場のコンテナに放り込もうとした。

その時、袋がまた動いた。

今度ははっきりと、中から何かが押し上げているのが分かった。

「……っ!」

彼女は後ずさりした。心臓が早鐘を打つ。

「いや、たぶん猫が中に……」

そう信じて、ゴミ捨て場の奥の方にある「動物用」のコンテナに袋を投げ込んだ。そしてその場で立ち去った。

次の日、またゴミ出しに行った。今度は慎重に、袋の底から覗き込んだ。

何も入っていない。

ただ、生ゴミと燃えないゴミが混ざっているだけだ。

「やっぱり、たまたまだったのかな」

彼女はそう思い、その日は特に気にせず会社へ行った。

しかし、その夜もまた、袋は重くなった。

そして、カサカサという音が聞こえた。

今度は、もっと近くで。

玄関のすぐ前で、袋の中で何かが動いているのが分かった。

彼女は恐怖で動けなかった。携帯電話を取り出そうとしたが、手が震えて操作できない。

そして、その時だった。

袋の紐が、ゆっくりとほどけていくのが見えた。

袋の口から、黒い何かが顔を出した。

それは、人間の手だった。

指は長く、爪は黒く汚れている。そして、その手は彼女の方へ、ゆっくりと伸びてきた。

彼女は叫び声を上げて、部屋の中から逃げ出した。エレベーターに乗って、知り合いの家へ走った。

翌日、警察を呼んで確認してもらった。

袋の中には、何も入っていなかった。

ただ、生ゴミと燃えないゴミが、混ざっているだけだった。

しかし、Mは今でも火曜日の朝はゴミを出せない。

「袋が、動いているのが分かるんです」

彼女はそう言って、ため息をついた。