朝のゴミ捨てで、袋が勝手に重くなる
2026年10月17日
知人の女性、Mが話していた。彼女は都内某所の築二十年ほどのマンションの五階に住んでいる。一人暮らしになって二年目。会社員で、朝は七時に出社するタイプの人間だ。
「朝、ゴミ出しをするんだけど、最近おかしいんです」
彼女がそう言い出したのは、ある火曜日の朝だった。火曜日は燃えないゴミの日。彼女はいつものように玄関のゴミ箱に袋を置き、紐を結んで持ち出そうとした。
その瞬間、ふと気づいた。
袋が、妙に重いのだ。
「あー、昨日の生ゴミが多いのかな」
そう思い、もう一度持ち直した。それでも重さは変わらない。むしろ、先ほどよりも重くなっているような気がする。
「もしかして、袋が破れて中身が漏れた?」
彼女は袋の底を覗き込んだ。底はしっかり閉まっている。紐もほどけていない。
そして、その時だった。
袋の内部から、カサカサという音が聞こえた。
まるで、何かが生きているように。
「はっ?」
彼女は振り返った。廊下には誰もいない。防犯カメラの赤いLEDだけが、点滅している。
「たまたま、中の物が動いただけだろう」
そう自分に言い聞かせ、ゴミ捨て場に持っていくことにした。エレベーターに乗って一階へ降りる。エレベーターの扉が開くと、ゴミ捨て場の自動ドアがゆっくりと開く。
中は薄暗い。換気扇の音がうるさく、生ゴミの匂いが立ち込める。
彼女は袋をゴミ捨て場のコンテナに放り込もうとした。
その時、袋がまた動いた。
今度ははっきりと、中から何かが押し上げているのが分かった。
「……っ!」
彼女は後ずさりした。心臓が早鐘を打つ。
「いや、たぶん猫が中に……」
そう信じて、ゴミ捨て場の奥の方にある「動物用」のコンテナに袋を投げ込んだ。そしてその場で立ち去った。
次の日、またゴミ出しに行った。今度は慎重に、袋の底から覗き込んだ。
何も入っていない。
ただ、生ゴミと燃えないゴミが混ざっているだけだ。
「やっぱり、たまたまだったのかな」
彼女はそう思い、その日は特に気にせず会社へ行った。
しかし、その夜もまた、袋は重くなった。
そして、カサカサという音が聞こえた。
今度は、もっと近くで。
玄関のすぐ前で、袋の中で何かが動いているのが分かった。
彼女は恐怖で動けなかった。携帯電話を取り出そうとしたが、手が震えて操作できない。
そして、その時だった。
袋の紐が、ゆっくりとほどけていくのが見えた。
袋の口から、黒い何かが顔を出した。
それは、人間の手だった。
指は長く、爪は黒く汚れている。そして、その手は彼女の方へ、ゆっくりと伸びてきた。
彼女は叫び声を上げて、部屋の中から逃げ出した。エレベーターに乗って、知り合いの家へ走った。
翌日、警察を呼んで確認してもらった。
袋の中には、何も入っていなかった。
ただ、生ゴミと燃えないゴミが、混ざっているだけだった。
しかし、Mは今でも火曜日の朝はゴミを出せない。
「袋が、動いているのが分かるんです」
彼女はそう言って、ため息をついた。