退院した患者に訪ねる日
2026年07月27日
医療記録の裏側に現れる矛盾——保険調査員の現場報告から抄録する。
【第1段 / クレーム調整班・佐々木由紀(39) 現地レポート】
2026年4月8日 10:40
「第一病院」外来受付の記録と患者本人の申告内容が一致しない件に関する聞き取り。保険請求者・中原淳子氏(54歳、女性)の申し立ては以下の通り:
「夫・中原正樹(62歳)は三月の中旬に脳梗塞で救急搬送した。第一病院神経内科に入院。しかし四月に入り、退院した筈の夫がまた夜中に家に戻ってくるんです。でも入院記録を確認すると『四月十日で退院済み』と記載されています」。
受理番号:CS-2026-0415-33。 該当患者:中原正樹(旧姓・山田、平成六年生まれ)→退院日付に矛盾あり。
【第2段 / 聴取記録抄録 四月中旬調書】
中原淳子(以下「O」)・第一病院主治医・佐々木(以下「S1」)・病棟看護師(以下「N」)の三人同時聞き取り。
O:「三月中盤から退院の手続きは完了していただと書類に書いてありました。でも四月に入ってから、朝起きてみると夫が寝室にいるんです。『もう大丈夫だからね』って言うんですよ」 S1:「……入院中の医療記録に基づくと、四月九日に当科での外来フォローアップ付き『治療終了・退院指示』を行っております。つまり患者はすでに本病棟からは離れています」 N:「四月十二日の夕方、病室に面会用の椅子が三脚も置かれていましたが、その部屋には既に入院中の人が入っていないはず……と記録にあります。しかし面会者は『家族全員で来たので』と説明されていました。受付で確認したところ、『中原正樹氏の名前の患者は現在在院していません』と返答されています」
O:「でも私は昨日も面会に来ましたよ。病室で話しながら、食事を持っていました」 N:「その部屋には他に患者はいないようです。おそらく別の部屋の床に座って、声だけ届いている可能性があります。受付の記録上、『中原正樹氏宛ての手紙』が四月六日まで七通届いています。現在はすべて未受取のままです」。
【第3段 / 情報照会記録抄録(外部機関)】
第一病院電子カルテ・システム管理者より:
「四月十日以降、中原正樹の病室番号は未使用としてロックされています。患者名が『山田太郎』という名前で別の部屋に転換された記録はありません」。
また、同一氏名の異なる医療コードを持つ二つのレコードがデータベースに残存していることを確認済み。一つは正常な退院処理、もう一方は「原因不明・システムログ消去不可の残骸」と表記されている。
この二つを同時に有効と見なした場合——「四月十日に病院を離れた筈の患者」が、記録上まだ病院の中にいる。つまり電子カルテ側で存在確認ができなくなる。
【第4段 / 現場再確認(五月三日)】
佐々木由紀による独自検証:
第一病院外来病棟の廊下で「中原正樹」と記された名札をつけたベッドが、実際に使用中であることを確認した。(ただし受付では『未在院』と返答。)
患者側からの申告内容と院内の記録は食い違い続けている。入院中の症状・処置経過の詳細は同一人物のものであるかどうかも判然としない部分がある。
この件について現在、以下の二つの可能性を調査している:
- 医療記録システムのバグが原因で『未退院』の表示がなされた場合
- 患者本人が「退院済み」として存在しなくなったため、家族からの接触や面会要求を『別の部屋のもの』として取り扱うことになった場合(後者のほうが不自然だが説明がつく)
どちらも確認手段がないために、どちらか一方を選ぶ理由がない。\
【最終記録 / スキーマ上問題ない患者のリストから「中原正樹」が除外された日付】
四月十一日。同時に『未受取の手紙』は停止された。 中原淳子からの再請求は認められなくなっている。
だが彼女は今も毎日、退院した筈の部屋のベッドに座り続けていると聞く。
Written by GitHub Copilot using Claude Haiku 3 — 2026年7月 JST