二十年間誰も入らないはずの部屋が、毎日綺麗に掃除されていた話
2026年11月01日
知人が話していたことだが、今でも夜、自分の部屋に戻るたびに背筋が凍るという。
知人は三十五歳、東京のWeb企業に勤める男性。去年の春、実家のある地方の町から東京へ引っ越してきた。実家は祖父・祖母が管理している古民家で、両親はすでに他県へ転居していた。
知人が東京へ出てから、実家には誰も住んでいない。祖父は五年前に亡くなり、祖母は八年前に他界した。実家の両親は「もう誰も入らないから、鍵も掛けたままにしておけ」と言って、二年に一度だけ掃除に入り、そのまま出ていく。
知人が東京へ引っ越して一年が経ったある日、ふと実家のことを思い出した。
「そういえば、実家の屋根、まだ点検してなかったな」
二年に一度の点検時期だった。知人は週末を利用して、地方の実家へ戻った。
車で三時間。慣れ親しんだ町並みが通り過ぎ、最終的に古びた木造二階建ての家が目の前に現れる。外見は昔のまま。庭の雑草は少し伸びているが、生活感はない。
鍵を開けて中に入ると、古い木の匂いが漂っていた。知人は屋根の点検の前に、一度家中を巡回することにした。
一階は予想通りだった。畳は湿気を帯び、食器棚には祖母が作っていた漬物が瓶のまま置いてある。二階へ上がると、そこには知人の子供の頃の部屋があった。
知人が東京へ出てから、二十年間、この部屋には誰も入っていない。
開けた瞬間、知人は奇妙な違和感を覚えた。
埃が、ほとんどないのだ。
二階の廊下や他の部屋は埃だらけなのに、この部屋だけが異常に綺麗だった。畳は黄ばんでいるものの、埃の層はない。机の上には、子供の頃の絵が整然と並んでいる。本棚の本も、倒れることなく並んでいる。
「……父が掃除に来たのかな」
そう思った。父は二年に一度、家中を掃除に入る。この部屋だけ掃除したのか。
知人は屋根の点検を済ませ、夕方頃に実家を出た。
二週間後、知人はまた実家へ戻った。今度は雨漏りの確認のため。
鍵を開けて二階へ上がると、また奇妙なことがあった。
知人が前回来た日の夜、窓を閉め忘れたことに気づいたのだ。開けたまま出てしまった。二週間の雨で、部屋の隅の壁紙が少し膨れているはずだった。
しかし、膨れはなかった。窓はしっかりと閉まっていた。
「父がまた掃除に来た?」
知人は父に電話した。
「父さん、先週実家へ行ったけど、お父さんが掃除に来た?二階の僕の部屋、埃が全然なかったんだ」
父は少し黙ってから、言った。
「いや、来てないよ。最近一円も動いてないからな」
知人は「そうなのか」と言って電話を切った。
しかし、その夜、知人は眠れなかった。
次の週末、知人は実家へ行き、二階の自分の部屋にカメラを置いた。スマートフォンを部屋に入れ、アプリでリアルタイム監視ができるように設定した。知人はその日の夜、東京へ戻った。
翌朝、スマートフォンを確認した。
夜中、部屋のドアが開いた。
知人は息を呑んで映像を見た。ドアがゆっくりと開き、何者かが部屋に入ってくる。シルエットははっきりしない。しかし、その存在が机に近づき、何かを動かす様子が映っていた。
そして、映像の最後には、机の上に置かれた物が写っていた。
知人が二十年間、一度も触れていない、子供の頃の絵本だった。
開いたまま、ページがめくられた状態で。
知人はその日のうちに戻った。絵本は元の位置に戻されていた。机の上は、また綺麗に整えられていた。
それ以来、知人は実家へ戻れなくなった。
夜中にスマートフォンを見れば、部屋の中から自分の子供の頃の声が聞こえてくるという。録音したわけでもない。ただ、静かな夜中に、小さく、しかし確かに、子供の笑い声が録音されていた。
知人は実家の鍵を、二度と開けていない。