実家の片付けを始めたのは、先月のことだった。

祖母が亡くなってから家が一ヶ月半空き部屋になっていたのを、母が「このままにしておけない」と言い出して、ようやく動き出した。二階の部屋、特に押し入れは三十年以上開けられていなかったらしい。埃が立ちのぼる中、段ボール箱を何箱も開けていくうちに、一通のノートが見つかった。

茶色い表紙の、昔ながらの罫線入りノート。祖母のものかと思ったら、表紙の裏に「たかし」という名前がペンで書かれていた。

たかし。

私の名前だ。

小学生の頃、実家に一ヶ月ほど預けられたことがある。両親が海外赴任で、祖母に面倒を見てもらっていた。その時の記憶は、断片的にしか残っていない。朝ご飯の味も、祖母の顔も、あいまいだ。ただ、このノートが私のものだとしたら——。

開いてみると、日記のようになっている。

「4月12日 晴れ。母がいない。部屋が寒い。誰か来た音がした。押入れに入れた。閉じ込めた。」

「4月15日 雨。また音がした。押入れの中から、かすめてる。何が入ってるの。」

「4月20日 晴れ。母が帰ってきた。でも、私を忘れたふりをしている。押入れの鍵、かけ直した。」

手が震えた。祖母は私を「忘れたふり」をしたという? 意味がわからない。ただ、この日記の筆跡は、明らかに祖母のものではない。もっと幼い、でも字が少し大人びた、不自然な字だ。

私はノートを閉じて、押し入れの奥を見ようとした。

その時だった。

押入れの奥から、かすかな、何かがこすれる音がした。

三十年も閉じられた押入れ。埃だらけの空間。そこに何があるというのか。でも、音は止まない。かすめるような、爪が壁を引くような、そんな音が、一定のリズムで聞こえる。

「押入れに入れた。閉じ込めた。」

その一文が、脳裏をよぎった。

私はその場でノートを床に捨て、部屋を出た。母に電話した。「実家の押入れ、何か入ってない? 音がするの。」

母は少し黙ってから、小さく言った。

「……あのね。たかし、覚えてる? おばあちゃんがね、この家に来る前に、ここにいた人がいるって言っていたの。名前も知らない。押入れに閉じ込めて、そのまま……」

電話を切って、私はもう一度二階へ上がった。

音は止まっていた。

でも、押入れの扉が、ほんの少しだけ開いていた。

閉じたはずだ。絶対に閉じた。

ノートの最後のページに、新しい文字が書いてあった。

「5月3日 晴れ。たかしが来た。また、一人増えた。」

私の字ではない。

でも、私のペンで書かれていた。