私がその会社に転職したのは、二十五歳の秋だった。

小さなデザイン会社で、社員は十二名。口コミサイトの評価は軒並み高く、「居心地がいい」「人間関係が最高」というコメントが並んでいた。

こういう会社はたいてい、いざ入ってみると違う。そう思っていた。

最初の一週間で、その考えは覆された。

「渡辺さん、わからないことは何でも聞いてください。本当に何でも」

先輩の田中さんはそう言って、仕事が終わるまでそばにいてくれた。

「お昼、一緒に行きましょう」

上司の木村さんも、隣の席の青木さんも、笑顔で誘ってくれた。

誰もが、自然に、そして一様に優しかった。


最初の違和感は、三週間目のことだった。

お昼になった瞬間、全員が示し合わせたように席を立ち始めた。行き先を聞くと、一ブロック先のカフェだという。

「毎日みんなで行くんですか?」

「そうですね、習慣になってて」

十二人全員が、同じカフェの同じ席に座って、同じ日替わりランチを頼んだ。

全員が同じ姿勢で食事をしているシルエット

誰も選ばなかった。日替わりランチ、と全員が言うだけだった

「渡辺さんも、もう一ヶ月経ったし、すっかり馴染みましたよね」

誰かが言った。

私は「そうですね」と答えた。

そのとき、全員が同じタイミングで笑ったことに、私は気づいていなかった。


ある日、大学時代の友人から連絡が来た。

「久しぶり。今度の土曜、ご飯でもどう?」

すぐに了承しようとした瞬間、隣の青木さんが話しかけてきた。

「渡辺さん、今週末どうですか。みんなで会社のBBQがあって」

「あ……」

「絶対楽しいですよ。去年も最高で」

気がつけば、友人への返信が遅れ、「ごめん、会社の予定が入っちゃった」と断っていた。

それが二回続いた。三回目に連絡してきた友人は、それ以来メッセージを送ってこなくなった。


違和感が積み重なったのは、その頃からだった。

ある月曜の朝、木村さんが私に言った。

「渡辺さん、彼氏とは最近どうですか」

当時、私には交際している相手がいた。だが、その話を職場でしたことは一度もなかった。

「え、なんで知ってるんですか?」

「あ、前にちらっと言ってませんでしたっけ。気のせいかな、すみません」

木村さんは柔らかく笑った。

私はそれ以上、聞けなかった。


同じ週の木曜日、青木さんが何気なく言った。

「渡辺さん、大学は地方だったんですよね。一人で大変でしたよね」

私はその話を、社内でしたことがない。

「……どうして知ってるんですか」

「えっ、前に言ってませんでしたっけ?気のせいかも」

笑顔だった。


残業で一人、遅くまで残っていた夜のことだ。

廊下の奥、会議室のドアの向こうから、声が聞こえた。

木村さんの声だった。

「……外のつながりが残っていると、どうしてもチームへの集中が分散されてしまうんです。だから最初の半年が大事で……」

もう一人の声——聞いたことのない、若い女性の声——が静かに相槌を打った。

新しい社員が来るらしい、という話は聞いていた。

私は会議室のドアに近づいた。

廊下の奥の会議室、ドアの隙間から光が漏れている

光の中に、人影があった

「……一度、自分の外の関係を整理してみると、ぐっと楽になりますよ。みんな通ってきた道です」

足が止まった。

「整理、とは……?」

「断るだけでいいんです。ゆっくり、自然に」

息が詰まった。

その声は、穏やかで、優しかった。

まるで親切な人が、後輩に助言を与えているような声だった。


その夜、帰り道でスマートフォンを開いた。

連絡先を上から順に確認した。

大学の友人。最後のやり取りは三ヶ月前。

高校の友人。四ヶ月前。

実家の母。最後に電話したのは……いつだろう。

会社の同僚の連絡先は、いつの間にか三十件を超えていた。

全員が同じ姿勢で画面を見ている暗い職場

デスクに戻ると、みんなが同じ姿勢で仕事をしていた


翌朝、辞表を出そうと思っていた。

でも気がつくと、いつもの時間に家を出て、いつものルートで会社に向かっていた。

会社に着くと、みんなが笑顔で「おはようございます」と言った。

私も笑顔で「おはようございます」と言っていた。


あれから半年が経つ。

今朝も、みんなで同じカフェに行き、同じランチを食べた。

スマートフォンの連絡先に、会社の人間以外の名前はもう五件しかない。

今週末も、会社のイベントがある。

断る理由は、特にない。


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