一〇四番ベッド
2026年07月28日
このノートは私個人のメモではない。 「記録簿」として保存する義務がある。ただし、事実の記録をしながら自分がどこまで書き忘れていたかに気づかされたのは、三年後だった。
2026年4月3日 午後10:15
夜勤着替え室。「一〇四番ベッドの患者がまた起きています」 看護師Aのノートより転記。 同ベット入院歴四ヶ月間。夜中に必ず立ち上がる。だが立ち上がっても、廊下には出ない。ベッドから降りた瞬間に「そこにいる」と呟くだけ。
なぜか記録簿はこの日の分で途切れていた。
2026年4月8日 深夜2:47
本人確認済。患者一〇四番は七十八歳、男性。認知症診断B(中等度)。 入院理由:家族による「突然の徘徊」。しかし家族からの面会依頼が過去一ヶ月でゼロ件。
看護師Bの手記より:
私は毎晩同じ質問をする。「今日は誰でしたか」「昨日は何をしましたか」。答えは毎回変わる。しかし今日、四号室から声がした。一〇四番だと思ったが、確認したら違うことがわかった。
2026年4月15日 朝9:32
職員会議資料より抜粋: 「一〇四番ベッドの患者について」
- 退院勧告済み(家族連絡不可)
- 「徘徊ではなく、別の誰かを追いかけていると供述あり」
- ただし医師の判断で継続治療を決定
2026年5月2日 深夜23:58
記録簿に新しいページが追加されていた。
患者一〇四番のカルテを更新する際、入院した日の診断名が「徘徊・家族不在」になっていたことに気づいた。 しかし私の記憶では「徘徊癖あり」となっていたはずです。 なぜかメモ用紙一枚だけが元の文にあった。
ページを開くと患固有の情報(生年月日、血液型)以外の手書き部分があった: 入院初日から記録されていない日はすべて空欄です。空白を埋めるために何かを書いています。
2026年5月9日 夜4:11
私の名札の欄に別の漢字が書かれていた。看護師Cの名前。 「Cは四日間勤務していない」というのに、なぜ記録簿にCの手記として夜間の実施記録があるのか不明。
朝当番医師:
記録簿の筆跡にはばらつきがあります。おそらく複数人が持ち回って記述していると推定可能です。しかし当直メンバー全員の署名確認をとったところ、「このページを見たことがない」と全員が回答しました。
2026年6月3日 深夜1:20
患者一〇四番のベッドで何かが見つかった:古い手帳。 中身には同じ筆跡で毎日一つずつ空白だった日が埋められていた。 最後のページには一行。
あなたはまだ覚えていないようです。
記録簿は開かれた状態で発見された。夜勤として当直を担当したはずの私は、朝起きたら「昨夜は休みの日でした」と記憶している。
ただしこのノートは、誰かが残していったという形跡しかない。 あるいは、私が何かを書いた後で「書き忘れたことにしている」のか。
記録簿最終ページ:確認不可(書かれた直後に tearing)