賃貸アパートの階段は十二段までしかなく、十階建てだということは入居当初から分かっていた。管理会社からの確認書にも「住戸:1〜10号室」とはっきり書いてあるし、インターホン横のプレートも十二箇所しかない。エレベーターを待つより段差が速いから、僕は十一階の部屋に入る前から毎晩階段を使って登るようになった。

ある日の深夜三時すぎだった。風呂上りの裸足のままで、水筒と携帯だけ持ってきていた。十三という字を書いたプレートが見えるのは十二番目の段を踏み終えたときだけだ。「10F」のマークまであと一歩で届くはずだったのに、足がもう一段踏むべきところまで落ちていた。床は冷たかった。コンクリートの匂い——エベネーターシャフトの下に通じる地下の空気が上がってくる smell が鼻に入った。

階段を振り返った。手すりも、壁も十二段までの延長線上にはない。「10F」プレートが壁に付いてるはずなのに、そのすぐ下に別のプレートが貼られていた。「13」。新しいプレートだ。角から少し浮き上がっていて、ネジ穴が三箇所空いている。四本目を締める跡がないから、誰かが「予備の穴」を塞いだ跡もわかる。

階段を上る手前にはもう一段、新しく追加された段があった。まるで十二段の後に十三段目が突如として現れて、それを踏むことで本来ないはずのフロアが一つ増える仕掛けのようだ。怖いから戻ろうとすると、下りの手すりが自分の腕に熱をもって接触した。金属というより皮膚に近い質感で——握り返されたわけではないのに、指の間まで締め付ける硬さがあった。

それ以来、僕は階段を使わなくなった。エレベーターで十二階以上はないので問題ないと思った。ところが三週間後の深夜、エレベータの階数表示が一瞬だけ「13」に点灯した。点滅ではなく、十三秒間ちゃんと十三と表示していた。隣の住人の話ではないかと思いインターホンを押したが、電源が入っていない音だけが鳴った。

夜中に階段を使うことはもうないから、十三段目については忘れかけていた。しかし先日朝の通勤前でトイレに行った折、ふと地下に目を落とすと、十二番目の段のすぐ下に、小さな空間ができていたのだ。暗い穴ではない。床板が一段低く開いていて、その奥には階段がまだ続いているのが手元のアレクサのフラッシュライトで照らせた。

階段は十三階では終わっていない。もうずっと下の方まで延びているのだ。

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