祖父の形見という青い電話は、まだつながっていた。

引越しの手配をしたのは先月だ。母から「もう一回线切ってこいよ」と言われて、実家の電話の解約手続きだけ終わったつもりになっていた。しかし実際には、祖母が亡くなって一年経つ今も、実家の留守番電話ボックスから音がする――。

その夜のことだった。

午後十一時四十七分すぎに、青い電話が鳴った。

一音目と二音目の間に、母の形見のレシーバーを耳に当てたとき、耳元にはただのノイズが流れていた。砂埃のような雑音。何もない部屋の静寂が、回線越しの音として届くのだ。

三回目で止んだ。電話は切れた。留守番電話のランプは一瞬点いて、消えた。レコーダーのない時代からの回線であるから、音は残らなかった――と母に言われた記憶がよぎる。しかしレシーバーの先端だけはまだ暖かくて、振動が伝わってくる。

翌々日から私は毎夜、二時三十二分に目覚める。

青い電話は鳴らない。でも鳴っていないような気がするのだ。目をつぶると、何かが話しかけた言葉を聞くような錯覚がある。

四日目の夜に気づいたのは、録音したときのことだ。スマホのボイスレコーダーで電話線のノイズを三十分録っていた。再生してみる。静寂のあと……誰かの呼吸が聞こえる。

その「呼吸」は、私が録音していた三十分の間も止まらなかった。

でも実は、その音が本当に電話線だったのかどうか――私は未だにわからない。 録音ファイルには、私自身の声も混じっていたのだ。「……まだ話しかけ続けてる。」と、自分自身で囁いた音が、ノイズの一部として記録されていたから。

最後の夜まであと三日だという朝、母の電話があった。

「もう一度回線調べてみた? ちゃんと断線したか」

私は黙ったまま、電話を握っていた手を離さなかった。青いレシーバーの熱が、まだ残っているかどうかを確認するように。

応答はしなかった。しかし同時に、青い電話の向こうで誰かが呟くのが聞こえた。

「……もう一回line切りな。」

その声は祖母のものだった。


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