母が危篤だとの連絡は深夜だった。 実家のある地方都市まで、夜行列車に乗り込んだ僕はただ泣いていた。

朝6時になる頃になると列車は山の中のトンネルを抜け、駅に到着しそうだった。「最終的な乗車券を確認してください」とアナウンスがあった。僕は鞄からきっぷを出そうとして、何か他のものを感じた。

ポケットの中。紙の切れ端だ。 父が亡くなってからもずっと持っていたと母がよく言っていたという、父親が作ってくれた「空箱弁当」を包むラップの破片ではない。もっと新しい紙だった。

コンビニエンスストアのレジ袋についていた、白い伝票。 そこには手書きでこう書かれてあった。

「17号線は通れない。もう来ないで。」

墨はまだ乾いていないように感じたほど鮮明に浮かんでいた。しかし父は三ヶ月前に亡くなった。

列車がトンネルの闇の中に入ったとき、僕は伝票を握りしめていた。車内の明かりが消えたのが分かったのは、暗闇の中で「もう来ないで」という声がした時だった。それは父親の声にそっくりだったが、しかし声の周りに反響がなく、まるで耳に直接音が叩き込まれるような不自然さがあった。

車両から外へ目をやろうとすると、窓の外はトンネルでもなく線路でもない。ただ一面が深い赤茶色の闇で、それは湖ではなく何か有機的な壁のように見えた。

「十七号線は通れない」と書かれた伝票の文字が、黒く滲んで広がりはじめた。文字そのものが液体のような動きを見せながら、僕の掌を這い上がってくるのが分かった。

僕の鞄の中から、もう一枚同じ白紙の伝票が落ちてきた。裏には別の文字が書かれていた。「すでに十七台の車両から降ろした」

列車は停まった。ドアが開いたのは、線路のない地面だった。

僕は母の待つ駅に着かなければならないのに、その先には線路がなく、ただ深い赤茶色の壁だけが一直線に広がっていることを知った上で、外へ一歩を踏み出すしかなかった。