解体現場の六冊の帳簿
2026年07月25日
現場作業員 石原祐樹(41)の日記・回収記録より。
五日目。三階の内壁を剥がしている時だった。壁体の中に空きがある。「中を確認しろ」と所長の声があった。マイナスドライバーで石膏ボードを割ると、壁の中に縦長の空洞が開いていた。奥には六冊のファイルが入っている。どれも古い。革表紙ではなく無地の茶色系で、背にマジックで番号が振られていた。
「一」から「五」。そして今見ているのは空いているべき位置。だが中身がある。まだ入れた直後か、埃一つない。「六」の文字が手書きで墨で書かれているのが確認できた。
七日目。所長に話したのは午後九時頃。その二時間後に一冊目を開いた。1983年の記録。入居者は山本正弘。退去理由欄には「転居」とある。日付は2009年12月23日。「それ以来この部屋には新しい入居者がいない」――と、横に小さく追加されたメモもあった。
八日目。二冊目も開いた。同じ形式。入居者名、住所、電話番号(すべて古い)。退去理由は「不明」。その次の行にもう一つの手書きの注記が墨で書かれている。「再確認不能」
九日目の夜。一〇時五七分、四冊目を開いた。このときだけ胸の奥が冷たくなる気がした。入居者名は「佐藤純子」。住所は私の今住んでいる場所。退去理由欄に何もない代わりに、メモがあった。「2014年1月、引越し先確認不能」
十日目。五冊目を開く前に一度止めた。所長が現場入り口でタバコを吸いながら「六冊目も同じか」と言って、先に外に出て行った。一〇三秒だけ帳簿を抱えていた。指先は震えていたはずだ。だが開いた。
六冊目。「中島太郎」。生年月日の欄には私のものと同じ数字が書かれていた。住所は現在と完全に一致する。退去理由は空白だった。横注記の最後に「確認不能」ではなく、ただ一点だけ小さな文字で「明日」とある。
十一日目。現場に到着したのは朝八時十五分。壁の中の六冊目だけなくなっていた。他の五冊は元のまま。現場の記録係曰く「昨夜、別の業者が持ち去ったようだ」。だが所長の答えはなかった。ただ一つだけ伝えた。「石原さんはもう来なくていい」と。
十二日目。私は家に帰った。鍵を開け中身を確認した。自分の部屋には壁の中に六冊目が戻っていた気がする。だが実際に開けてみると「四」だけだった。他の五冊はどこにもない。
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