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友達が「一人カラオケ行ってきた」と話していたので、私は半ばあきれながら「また一人?」と聞き返した。

「いや、なんかさあ、おかしいんだよね」

彼はグラスをテーブルに置き、目を伏せて小声で語り始めた。


先週の木曜日。仕事終わりにそのまま地下の24時間カラオケ店に入った。

深夜の十時過ぎ。フロアには私以外に誰もいない。

一番奥の個室を予約し、ドアを閉めて中に入った瞬間、静寂が私を包み込んだ。

部屋は十二畳ほど。天井は暗く、壁にはLEDのネオンがゆっくり色を変える。中央にテーブル、その向かいにソファ。右側の壁に大きな鏡が一枚、床から天井まで届く長さで取り付けられている。

「まあ、いいや」

私はマイクを取り、好きな曲をかけ始めた。

一人カラオケの醍醐味は、誰の目も気にせず歌えることだ。大きな声で、下手な音程も気にせず。

三十曲ほど歌った頃だったと思う。

ふと、鏡に映る自分の姿が目に入った。

私は歌いながら、ついでに鏡の中の自分を見ていた。

その時、違和感が走った。

鏡の中の自分が、私の動きについてきていない。

いや、正確に言えば——

鏡の中の私が、私より一秒遅れて動いていた。

「……はあ?」

私は手を振った。鏡の中の私も、一秒後に手を振った。

私はうなずいた。鏡の中の私も、一秒後にうなずいた。

最初は気のせいだと思った。

疲れでもしようか、と目をこすり、もう一度鏡を見た。

鏡の中の私は、今ちょうど目をこすっていた。

でも、そのあと、鏡の中の私が、私が見ていないところで笑っていた。

私は目を凝らした。鏡の中の私は、今ちょうど真顔で私を見つめている。

でも、さっき、確かに笑っていた。

「……な、何だこれ」

私はその場から立ち上がった。近づいて鏡を見た。

私の顔が、鏡に映っている。

汗ばんだ額、開いた口、震える目。

すべて、私の姿そのものだ。

でも、鏡の中の私が、さっき笑ったこと——

それは、私の顔にはなかった。

「…………」

私はその場から逃げ出した。

ドアを開けて廊下に出た。店員に「もう帰る」とだけ言い、レジへ向かった。

店員は「またいらっしゃい」と言った。

私は頷き、出口へ歩いた。


「それで、そのあと?」

友達が聞き返した。

彼は首をかしげた。

「いや、そのあとのことが、よくわからないんだ」

「え?」

「出口のガラス扉に、自分の姿が映ってるのに気づいたんだ」

「……で?」

「そのとき、ガラスに映った自分が、私より三秒先に歩いていた」

友達はグラスの氷をかき混ぜた。

「三秒後、私がガラス扉に近づいたとき、ガラスに映った自分も、ちょうど私と同じ位置にいた。でも、さっき——私がまだ十メートル先いたのに、ガラスの自分はすでに扉のすぐ前まで歩いていた」

「……それは、遅延がまた起きたってこと?」

「いや、違う。遅延じゃない」

彼は目を上げ、私を見た。

「ガラスの自分の方が、私より先に歩いていた。つまり、鏡の中の自分が、私を待っていた」


私はその夜、友達の話を聞き終えた。

今でも、彼が「ガラスの自分が私を待っていた」と言った時の表情——

それを忘れない。

そして、たまに、深夜のカラオケの個室を通りかかると、ふと窓ガラスに映る自分の姿を見てしまう。

もし、その映り込みが、私より一秒早く動いたら——

私はもう二度と、あの店には入らない。