カラオケの怪異

知人の男性、Kが話していた。彼は東京・中野の近くで一人暮らしをしている。三十一歳、IT企業のエンジニアだ。

「先月のことなんだけど、24時間カラオケで一人で歌ったことがあるんだ」

Kがそう言い出したのは、先月の金曜日の深夜だった。残業が九時を回って、帰りの電車も少ない。仕方がないので、駅前の24時間カラオケ「サウンドボックス」に入った。

「一人用個室で三百円。安いし、気分転換になるかなって」

彼は一番小さい個室を予約し、中に入った。部屋は六畳ほど。ミラーレスのモニターの前に座席、テーブル、そしてカラオケのマシンが一つ。窓は完全に遮光されていて、外の様子は見えない。

「最初は普通に歌ってた。好きな曲を二十曲ほど歌って、もう帰ろうかなって思ったときのことだ」

Kが再生リストを閉じ、マシンをオフにしようとした瞬間だった。

モニターの画面が、勝手に切り替わった。

「録音再生」

画面にはそう表示されていた。Kは心当たりがない。自分が録音した覚えは全くない。

「バグかな」

そう思い、画面の消去ボタンを押した。しかし画面は消えず、代わりにスピーカーから音が流れ始めた。

それはKの声ではなかった。

知らない女性の歌声だ。フルートの音色のような、澄んだ高音で、Kの知らない曲を歌っている。

「おかしいな。自分は録音してないのに」

Kはマシンを確認した。録音履歴には、三つのファイルが登録されていた。

「録音1」——Kの声。自分がさっき歌った曲。

「録音2」——女性の声。先ほどスピーカーから流れていた歌。

「録音3」——男性の声。低く、太った人が話すような、重低音の歌声。

「三人分が、この一人の部屋に録音されていた」

Kの背筋が寒くなった。部屋には自分一人しかいない。窓はなく、扉は完全に密閉されている。誰かが録音したというなら、外から何かしらの方法で部屋に入ったはずだ。

しかし、扉の隙間からは光も漏れていない。

「録音2」の再生ボタンが、勝手に押された。

スピーカーから女性の歌声が流れ始めた。Kは部屋中を点検した。換気口も小さい。パソコンもない。録音できる端末など、どこにもない。

そして、歌声が止まった瞬間だった。

スピーカーから、女性の声が、歌ではない声で、聞き取りにくいながらも、はっきりと話しかけてきた。

「……まだ、歌う?」

Kは振り返った。背後には壁しかない。部屋の隅の監視カメラの赤いLEDが、ゆっくりと点滅している。

その時だった。

モニターの画面が、再び切り替わった。

録音3の再生が、始まっていた。

低い男性の声が、スピーカーから流れ始める。Kの知らない曲。しかし、その歌詞が聞き取れた瞬間、Kは凍りついた。

歌詞の内容は、Kがさっきまで自分で歌った曲の、全く異なる詞だった。

「……君は一人じゃない。いつも、三人で歌ってる」

Kは即座にマシンの電源を抜き、部屋から飛び出した。廊下には誰もいない。フロントのスタッフに事情を話して録音データを返してもらおうとしたが、スタッフは首を振った。

「そのお部屋、先ほどご利用になったのはK様ですよね?録音データなんて、一つもありませんよ」

Kが自分の部屋に戻ると、モニターは完全に消えていた。電源コンセントが抜けている。

録音ファイルは、どこにもなかった。

しかし、Kのスマートフォンには、一つだけファイルが残っていた。

録音2の音声データ。女性の歌声。

再生してみると、歌声の最後で、女性の声が、歌ではない声で、はっきりと言っていた。

「次回も、三人で歌いましょうね」

Kはそれ以来、24時間カラオケには行っていない。